DV加害者のゆがんだ世界観は、どうすれば変えられるのか。
若い世代のDV加害者の間によく見られるのが、これまた社会でよく使われる言い訳だそうだ。自分のしていたことがDVだと指摘されて言い逃れができなくなると、「俺は発達障害だから仕方ないんだ」とか「子供の頃のトラウマがそうさせたんだと思う」と弁解することがあるという。心理学用語を都合よく使って自分を正当化するのだ。
中村氏は、こうした人々を更生させるには"ワードの変換"が必要だという。彼の言葉である。
「彼らのワードを別の言葉に置き換えること。これがワールドを変えることだと思っています。彼らは社会に散らばっている不適切なワードを無思慮に使ってDVを正当化しています。
あるいは、DVという用語を知っていても、それがどういう意味を持つのかを語る言葉を持っていません。だからこそ、彼らが持っているワードを別の言葉に置き換えられれば、DVを不当なものとするワールドができ上るはずなのです」
グループワークで中村氏が使うのが、今の時代に合ったワードだ。たとえば、「マイクロアグレッション」とか「ガスライティング」「認識的不正義」といったものである。
マイクロアグレッションは、一言で表せば「無自覚的な差別」だ。当人が意識していないところで、偏見を抱いたり、知識が欠けたりすることで、人を不当に差別してしまうということである。
ガスライティングは、言葉による心理的虐待の一つだ。加害者が誤った情報で相手の思考を支配し、操作することで、被害者に正しい判断をできなくさせる。
たとえば、被害者が正しいのに、加害者が「おまえは馬鹿だ」「考え方が全部おかしい」と言いつづけ、被害者に自分が間違っていたと思わせるようなことである。
認識的不正義は、なんらかの社会問題を表現する言葉がないことで、そこで起こっている事態が認識できないことを意味する。たとえばモラルハラスメントも新しい言葉である。
中村氏はグループワークの中で、こうした新しいワード、新しい概念を折に触れて加害者に与えていく。加害者はこれらのワードを持つことによって、だんだんと自分の何が間違っていたのか、どうするべきだったのかと考えるようになり、DVを正当化しなくなっていくのだ。
かつて私が取材したケースで初歩的なものであれば、加害男性が「面前DV」という言葉や概念を知らなかったことがあった。その男性は、「妻を大声で叱り、時に手を上げることは、父親の権威を示し、同時に子供を教育することにもなる」と真剣に考えていたようだ。
だが、面前DVというワードを教えれば、子供が目の前で両親のDVを見せられることによって、精神面だけでなく、脳機能にも実害を被り、その後の人生に悪影響を被ることを理解する。
中村氏は話す。
「グループワークでは、よく"無知の自覚"ということを教えています。ソクラテスの言葉で、自分が無知であると思えることが重要だということです。
無知だからこそ、家庭で彼らは不適切な言葉で奥さんにDVをしてしまった。そこはきちんと反省した上で、新たに学び直しをすることで、自分の考え方や行動を変えていくことが更生になるのだと伝えるのです。
加害者は自分が無知であることを受け入れれば、新しいワードをどんどん頭の中に入れて考えを変えていくようになります」
DV加害者が新しいワードによってワールドを変えるのと同時に行わなければならないのが、被害者である妻の気持ちを言葉によって想像することだ。
先述のように、彼らは社会に溢れる借り物の言葉を使ってばかりいたこともあって、自分の言葉で妻の境遇や気持ちを考える機会に乏しかった。そこでグループワークで、参加者に妻の立場に立った意見を出してもらう。たとえば次のようなものだ。
「奥さんは週に1度はレトルトやお惣菜で済ませていたかもしれない。でも、1歳と3歳の子が交互にグズり、時には風邪をひいたり、怪我をしたりする中で、君のために週に6度も一生懸命にご飯を作ってくれていたんじゃないのかな」
「たしかに奥さんは子供の食費や習い事にたくさんお金を費やしていたかもしれない。でも、それは君との間にできた子供の成長を想ってのことで、自分のために使っていたわけではないよね。だとしたら、もうちょっと君がコミュニケーションを取っていれば、出費は減らせたんじゃないかな」
「奥さんは実家にもどって1年半なんだよね。君は自分の人生もあるので、もういい加減に離婚するかしないかどちらかに決めてくれという。けど、奥さんの立場からすれば、本来いつだって離婚できるんだ。
それでも言ってこないということは、奥さんも君に対する気持ちが残っていて、どうするか迷っているんじゃないだろうか」
グループワークで自分の体験を話した後、周囲の人からこのような意見を聞くと、彼らは意外にあっけなく受け入れるという。
彼らは妻の立場に立ちたくないのではなく、立って物を考える習慣がなかったり、そうした想像力が弱かったりするのだ。だから、第三者の言葉できちんと指摘されると、視野が広がっていくらしい。
中村氏は言う。
「新しいワードで考え方を変え、妻の気持ちを考えられるようになれば、奥さんとやり直すための言葉をつけさせることになります。
これまで奥さんが自分や家庭のためにやってくれたことを思い出し、『ありがとう』『お疲れ様』『おいしかった』『助かった』といったことを言えるようにする。社会に転がっている暴力的な言葉から、思いやりのある豊かな言葉に変えるのです」
これまでの「なんで俺だけが」から「ありがとう」へ。「そんなの当たり前だろ」から「助かりました」へ。その言葉と思考の切り替えが、更生へとつながっていくのだ。
もちろん、グループワークを受けている人の中には、すでに離婚調停がはじまって、配偶者と会えない人もいる。だからこそ、加害者が努力してそうできるようになっても、離婚が成立してしまうこともある。
しかし、こうした言葉と思考を身につけることができれば、職場で同僚やクライアントと接する時も、別のパートナーを作って新しい家庭を作ろうとする時も、人間関係をより円滑にすることができるだろう。
中村氏は次のように語る。
「このグループワークで行っているのは、言葉によって考えることです。よく言うのが、ここでいう更生とは、家族の再統合を実現するためだけのものではなく、その後の長い人生の中で違う生き方を送るためにすることなんだよってことです」
更生とは、過去の過ちを修正することではなく、生き方を変えていくためにすることだ。最初の入り口はDV予防かもしれないが、そこで身につけた新たな言葉や思考は、家庭に留まらず、社会の中で豊かに生きていくことに役立つはずだ。
日本社会に散らばっている不適切な言葉の存在を認識し、自分のワードとワールドを書き換えていくということ。それはDV加害者だけでなく、同じ社会に生きている私たちが常に認識し、取り組んでいかなければならないことだろう。
更新:11月21日 00:05