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【天才の光と影 異端のノーベル賞受賞者たち】第20回 ブライアン・ジョセフソン(1973年ノーベル物理学賞)

2023年09月01日 公開
2023年09月28日 更新

高橋昌一郎(國學院大學教授)

 

「超越瞑想」と「超心理学」への傾倒

マハリシ・ヨーギ
マハリシ・ヨーギ(1975年)

ここで少し、当時の社会状況を見渡してみよう。1970年12月に公表された「ザ・ビートルズ」の解散は、世界中を大騒ぎさせた。そのビートルズのメンバー(とくにジョージ・ハリソン)やアーティストが取り入れてイギリスとアメリカで大流行したのが、インドの宗教家マハリシ・ヨーギの「超越瞑想(TM: Transcendental Meditation)」である。

一般に、ヒンドゥー教の「聖人」は、財産をはじめとする所有物すべてを捨て去り、厳しい訓練を経なければ「悟り」に到達できない。

ところが、ヨーギは「人は悟りを達成するために、聖人になる必要はない」と断言し、現代人は、朝と夜に短時間の「超越瞑想」を行うだけで、精神を安定させることができると主張した。さらに彼は、ほとんどの肉体的な病気は「超越瞑想」によって克服でき、望むままの「自己実現」ができると一般大衆に訴えかけた。

「超越瞑想」とは、「マントラ(真言)」を15分から20分程度、心の中で唱えながら神経活動を抑え、意識を開放するという瞑想方法である。

この「超越瞑想」には初級から上級までいくつもの段階があり、「最高の境地」に到達すると座したまま「空中浮揚」できるといった宣伝文句もあった。ヨーギは、世界各地を講演して回り、「超越瞑想」関連グッズの売り上げだけで、巨万の富を築いた。

1980年代から2000年にかけて、日本で一連の凶悪犯罪を引き起こしたカルト教団「オウム真理教」も、ヨーギと類似した「超能力を獲得できる」という宣伝方法で多数の信者を獲得している。

この種の宣伝に踊らされて、社会的地位の高い人々や、偏差値の高い大学・大学院の卒業生がこのカルト教団に入信していたことは、のちに世間を大いに驚かせた。

これは拙著『反オカルト論』(光文社新書)で詳しく解説したことだが、実は社会的地位が高ければ高いほど、あるいは高学歴であればあるほど、いったんオカルトを信じ込むと、自分の知性や権力を総動員して「妄信」を弁護しようとするため、さらに自分が間違っていることを自覚できなくなる。

彼らは社会的影響力を持っているため、結果的にさまざまな分野で、恐ろしいほどの害悪を社会にもたらすわけである。

さて、ジョセフソンも1970年頃から「超越瞑想」を実践するようになり、次第にのめり込んでいった。

さらに彼は、「テレパシー」(精神状態が直接他者の精神に伝播する「精神感応」)、「クリヤボヤンス」(視覚に頼らずに物の中身や遠隔地の視覚映像を得る「透視・千里眼」)、「サイコキネシス」(精神力で物体を動かす「念力」)などの「ESP」(超感覚的知覚)が、自然界に存在するに違いないと信じるようになった。

ここで問題なのは、33歳のジョセフソンがノーベル物理学賞を受賞し、ケンブリッジ大学教授に就任したことにより、社会的に「超一流の科学者」として認められていることである。

そこで大きな自信を得た彼は、多くの正統な科学者からは学問として認められていない「超心理学」を「妄信」し、逆に堂々と奇妙なことを主張するようになった。

1974年春、フランスのベルサイユ宮殿で、物理学者と生物学者が合同で開催する「生物物理学」国際学会が開催された。この会議を主宰したパリ第6大学教授の生物物理学者アンリ・アトランは、ジョセフソンの講演途中に大騒ぎが起きた様子を記している。

登壇したジョセフソンは、これから講演する内容の参考文献を黒板に書いた。それが、紀元前5世紀から紀元前2世紀に纏(まと)められたヒンドゥー教の聖典『バガヴァッド・ギーター』とヨーギの著書『超越瞑想と悟り:永遠の真理の書「バガヴァッド・ギーター」への注釈』だったので、聴衆の科学者たちは驚愕した。

次にジョセフソンは、彼自身が「超越瞑想」を実践して到達した特別な意識状態について、事細かに語り始めた。

次第にイライラし始めた科学者たちを代表して、ある物理学者が「我々は、君のおかしな妄信の話を聴きに来たのではない。ここが科学者の集まる学会であることに、君はもっと敬意を払うべきだ。この学会で話し合うのは、誰もが研究室で再現できる現象についてであって、君が心の中で何を意識したのかではない」と彼に向かって叫んだ。

するとジョセフソンは、「あなたたちも『超越瞑想』を実践すれば、私とまったく同じ境地に到達できます。その意味で『超越瞑想』には科学的な再現性があるのです」と言い返した。

それに対して、多数の科学者が口々にジョセフソンに反論を言い始めたため、事態は紛糾し、結果的に彼の講演会は中断されて終わった。

この事件で反省するどころか、逆にジョセフソンは5月にケンブリッジ大学にヨーギを招いて「超越瞑想」に関するシンポジウムを開催し、ベルサイユで中断された自分の講演を心ゆくまで語り尽くした。

 

「詐欺師」ユリ・ゲラー

当時、一世を風靡したユリ・ゲラーという人物がいる。彼は、1946年、イスラエルのハンガリー系ユダヤ人移民の息子として生まれた。高校卒業後にイスラエル軍に入隊し、3年後に除隊して、ナイトクラブでマジック・ショーを行うようになった。

そこで彼は、これから「手品」を見せるというと、聴衆は懸命にタネを見破ろうとするが、「超能力」を発揮するというと、逆に成功するように好意的に見守るという「大衆心理」に気付いた。それ以来、彼は自分のことを「超能力者」だと名乗るようになった。

ゲラーは、自分を大物に見せるために、当時の世界的人気女優ソフィア・ローレンと一緒に写った写真を合成して印刷し、ナイトクラブの客に配った。この稚拙な詐欺写真は、すぐに合成であることが見破られ、結果的に、彼はナイトクラブを解雇された。

1972年、アメリカに渡ったゲラーは、彼を売り出そうとする敏腕マネージャーと手を組み、その翌年から「超能力者」という触れ込みでテレビ番組に出演するようになった。

ゲラーの人気が世界的に爆発したのは、1974年以降、日本のテレビ番組に出演するようになってからである。彼は、当時の日本テレビの人気番組の数々に出演し、「スプーン曲げ」や番組の視聴者に「念力」を送って、止まっている時計を動かすようなパフォーマンスを行った。

当時の時計は、現在のような「電子式」ではなく、大部分が「ゼンマイ式」だった。その内部の歯車には潤滑油が使われているが、油が固まって動かなくなることが多かった。

ところが、テレビの前でゲラーの指示通りに時計を握り締めたり振り回したりすると、時計内部の油が溶けて、再び動き出す時計もある。もともとテレビ番組の視聴者は膨大な母集団なので、「念力で時計が動いた」と思い込んでテレビ局に電話を掛けた視聴者の数も多かった。

その後、日本をはじめとする世界各国のテレビ出演で大儲けした彼は、アメリカとイギリスに広大な豪邸を購入して、優雅に暮らすようになった。そればかりではなく、彼は、多くの科学者や知識人に対しても、彼のことを「超能力者」だと信じ込ませた。

50年以上も手品を趣味にしているサイエンス・ライターのマーチン・ガードナーは、「実は、手品師が最も騙しやすいのが科学者だ」と述べている。

「なぜなら、科学者の実験室では、何もかもが見たままの世界だからだ。そこには、隠された鏡や秘密の戸棚、仕込まれた磁石も存在しない。助手が化学薬品Aをビーカーに注ぐとき、こっそり別の薬品Bを代わりに入れることは、まずない。

科学者は常に物事を合理的に考えようとする。それまでずっと合理的な世界ばかりを体験してきたからだ。ところが、手品の方法は非合理的で、科学者がまったく体験したことがない種類のものなのだ」

「手品師は、完璧な噓つきだ。手品師特有の方法は、きわめて悪質で意図的な詐欺である。それが手品の隅から隅まで沁み込んでいる。

たとえば、手品師は『ハートのエース』を観客に見せて、裏返しにする瞬間に別のカードにすり替えておきながら、『これはハートのエースでしたね』と平気で噓をつく。何も隠していないように手の平を広げて見せながら、手の甲には物を隠している。

要するに、ありとあらゆる手段を尽くして観客を騙すことが、手品の目的だ。この『噓』を芸術的に高めることによって、彼らは、自由の女神を消したり、壁を通り抜けたり、空中を浮揚してみせるわけである」

さて、1974年、あっさりとゲラーに騙されたスタンフォード研究所の物理学者ハロルド・パソフとラッセル・ターグは、金属箱の中で振ったサイコロの目を当てるテストで、ゲラーの「透視力」を検証したと主張する論文を『ネイチャー』10月18日号に掲載した。

ジョセフソンは、この論文を読んで「ESP」が間違いなく存在すると確信するようになった。量子力学の局所実在論解釈で知られる物理学者デヴィッド・ボームのように、当時の物理学界の大家でさえ、ジョセフソンと同じようにゲラーを「本物」だと信じている。

ロンドン大学キングス・カレッジ教授の物理学者ジョン・テイラーに至っては、ゲラーのことを「超能力」を有する「超人類」だとみなし、その能力を量子力学によって説明しようとする『スーパーマインズ』という著書まで上梓してしまった。

ところが、1975年、マジックの専門家ジェームズ・ランディが著書『ユリ・ゲラーの手品』を公表した。

ランディは、ゲラーが科学者や一般大衆を騙している状況を危惧して、「彼がやっていることは、すべて手品だ」と公言し、彼を出演させたテレビ番組に通報して自分を共演させるようにと主張した。実際に、ランディが目の前にいると、ゲラーはただの一度も「超能力」を発揮できなかった。

ランディは、スタンフォード研究所のパソフとターグの「透視」テストの不備を指摘し、まったく同じ状況で「透視」を行ってみせた。さらに『ユリ・ゲラーの手品』には、ゲラーの見せてきた「超能力」のすべてを手品で再現する方法が記されている。

ランディは、ゲラーのパフォーマンスを実演して見せたうえで、ゲラーは「超能力者」を自称する「詐欺師」だと呼んだ。このランディの活動によって「目が覚めた」テイラーは、自著『スーパーマインド』の内容を全面的に否定して、この本を絶版にした。

ゲラーは、『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』に掲載されたランディの記事と、とくにゲラーを「詐欺師」と決めつけた発言に対して、名誉を傷つけられたとして、ランディに対する1500万ドルの名誉毀損訴訟を起こした。

しかし、1992年6月、合衆国コロンビア特別区裁判所は、この訴訟を却下し、逆に「自称超能力者」ゲラーに対して、制裁金約11万ドルの支払いを命じた。つまり、アメリカ合衆国ではゲラーのことを「詐欺師」と呼んでも「名誉棄損に相当しない」ことが、裁判所によって公に認められたわけである。

 

「ノーベル病」の代表者

1975年には、カリフォルニア大学バークレー校教授の物理学者フリッチョフ・カプラが上梓した『タオ自然学』が、世界中でベストセラーとなった。

現代物理学と東洋思想の融合を説くカプラの思想に感銘を受けたジョセフソンは、自然界の背景には、ビッグバン以前から「超越論的知性」が存在すると考えるようになった。彼は、1979年には「TMシディプログラム」として知られる「超越瞑想」の上級段階に進み、その広報を推進する「TM運動」の広告塔に祭り上げられた。

「TM運動」の主催者が作成したポスターには、ノーベル賞受賞者ジョセフソンが、床から数インチ浮いて「空中浮揚」する姿が合成されていた。このポスターを見て、「超越瞑想」を極めれば「空中浮揚」ができると信じて「TM運動」に身を捧げた青少年もいた。

このポスターを見て激怒したアンダーソンは、ジョセフソンの「ノーベル賞受賞者らしからぬ無責任な行動」を強く批判し、同時に「ジョセフソンは完全におかしくなった」と嘆いた。

1980年、ジョセフソンは、ケンブリッジ大学大学院で神経医学を専攻していたインド出身のヴィラヤヌル・ラマチャンドランと「意識」に関するシンポジウムを開催し、その議事録を『量子力学と意識の役割』として上梓した。

『量子力学と意識の役割』では、ジョセフソンに加えてカプラやボームのような社会的地位のある物理学者が「量子力学」と「超越瞑想・超能力・意識」を癒合させるべきだという提言を行い、その後の「ニューエイジ・サイエンス」の世界的流行に火を付けた。

1996年、56歳のジョセフソンは、ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所内に「精神と物質の統合プロジェクト」を立ち上げた。このプロジェクトの目的として、彼は「将来の科学は、量子力学を組織化された複雑なシステムの現象学として考慮しなければならない。その現象の一面が『量子もつれ』であり、『超常現象』でもある」と述べている。

2001年、英国ロイヤル・メールが『ノーベル賞開設100周年記念』という記念誌を発行した。そこに英国のノーベル賞受賞者として、ジョセフソンは、次の言葉を寄せた。

「量子力学は、現在、情報理論と計算理論と効果的に統合しつつあります。この発展により、英国が研究の最前線にあるテレパシーのような、既存の科学では説明できない過程を解明できるようになるかもしれません」

この文章に対して、英国の多くの科学者が非難の声を上げた。英国の大多数の科学者は「テレパシー」のような「空想の産物」を研究などしていないからである。

その後、ジョセフソンが「水の記憶」(水が情報を記憶するという俗説)と「ホメオパシー」(「超希釈液」を用いる心霊療法)を擁護し、「常温核融合」(常温で核融合が生じるという疑似科学)を支持すると表明したことによって、彼の名声は完全に地に堕ちた。

エモリー大学教授の心理学者スコット・リリエンフェルドは、ノーベル賞受賞者が「万能感」を抱くことによって、専門外で奇妙な発言をするようになる症状を「ノーベル病」と呼んでいる。そして、彼は、ジョセフソンこそが「ノーベル病」の代表的な罹患者だと指摘している。

2007年、ジョセフソンはケンブリッジ大学教授職を退職した。ただし、その後も彼は「精神と物質の統合プロジェクト」を、彼のホームページで継続している。

ジョセフソンのホームページ「Brian Josephson's home page」(http://www.tcm.phy.cam.ac.uk/~bdj10/)には、「ケンブリッジ大学」の校章が掲載され「キャベンディッシュ研究所」と明記されている。

したがって、いかに彼が周囲から「ノーベル病」と批判されようと、ケンブリッジ大学がノーベル賞受賞者ジョセフソンに最低限の敬意を払って、大学のアドレスを使用させていることがわかる。

ジョセフソンのホームページの最上段には「私のサインが欲しい方へ」(Autograph hunters please note)というページがある。とてもノーベル賞を受賞した偉大な科学者とは思えない彼の人柄がよく表れているので、ここに訳出しておこう。

「私は、通常、皆さんの所有物に喜んでサインします。ただし、私のサインが欲しい方は、次の点に注意してください。

私には、あなたの住所を封筒に書き写す仕事をする秘書がいません。私には、あなたに送るための写真がありませんし、あなたのためにウェブから写真を印刷する費用も私の研究費に含まれていません。私のサイン入り写真をご希望の場合は、あなたから私の写真をお送りいただく必要があります。

私の研究費は、封筒や切手の購入には適用されません。どの言語であろうと『受取人払い』のロイヤル・メールも受け取りません。私からサインを返信してほしい場合は、あなたの住所を記載し、英国切手を貼った封筒を同封していただかなければなりません。...私の住所は次の通りです。トリニティ・カレッジ ケンブリッジ CB2 1TQ イギリス」

 

著者紹介

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)

國學院大學教授

1959年生まれ。ミシガン大学大学院哲学研究科修了。現在、國學院大學文学部教授。専門は論理学、科学哲学。主要著書に『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』(以上、講談社現代新書)、『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『新書100冊』(以上、光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など多数。情報文化研究所所長、Japan Skeptics副会長。

X(旧 Twitter):https://twitter.com/ShoichiroT

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