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【天才の光と影 異端のノーベル賞受賞者たち】第20回 ブライアン・ジョセフソン(1973年ノーベル物理学賞)

2023年09月01日 公開
2023年09月28日 更新

高橋昌一郎(國學院大學教授)

 

「ジョセフソン効果」の発見

1960年9月、数学を「無菌状態の学問」と感じたジョセフソンは、大学院では物理学を専攻することにした。彼が選んだ指導教官は、ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所のブライアン・ピパード教授だった。ピパードは「超伝導体のコヒーレンス長」の概念を確立したことで知られる物性物理学の専門家である。

その前年の1959年、日本の東京通信工業株式会社(現在のソニー株式会社)半導体研究室の主任研究員を務めていた江崎玲於奈(えさきれおな)は、ゲルマニウム・トランジスタの不良品を解析するうちに、偶然、固体における「トンネル効果」を史上初めて発見した。

江崎が驚いたことに、ゲルマニウム・トランジスタのPN接合の幅を薄くしていくと、電圧を上げるほど逆に電流が減少する負性抵抗を示すようになった。

量子力学において、波動関数がポテンシャル障壁を超えて伝播する現象を「トンネル効果」と呼ぶが、その現象が半導体で生じたわけである。その後、「トンネル・ダイオード」は「エサキ・ダイオード」と呼ばれるようになった。

この実績を認められた江崎は、1960年にアメリカのIBMワトソン研究所に主任研究員として移籍する。同じ1960年、アメリカのゼネラル・エレクトリック研究所でノルウェー出身のアイヴァー・ジェーバー主任研究員も、薄膜絶縁体を挟んだ超伝導体の間に「トンネル効果」が生じることを実験で示した。

ジョセフソンは、江崎とジェーバーの実験結果がなぜ生じるのか、その原因に強く関心を抱いて研究を開始した。その結果、1962年春、ジョセフソンは、一般に2つの超伝導体を弱く接合させると、超伝導電子対(つい)の「トンネル効果」によって「超伝導電流」が流れる現象を理論的に解明した。

数学に秀でた彼は、本来はミクロで生じる量子効果が、超伝導によってマクロな巨大量子状態で生じる「ジョセフソン効果」を数式で理論化することに成功したのである。

ジョセフソンは、6月8日、この理論を「新たな超伝導体トンネル効果の可能性」("Possible new effects in superconductive tunnelling")という論文に仕上げて、『フィジカル・レターズ』に送った。

この結果は、7月1日に公表されて、世界の物性物理学界に大きな衝撃を与えた。この業績により、1962年9月、22歳という異例の若さで、ジョセフソンは、トリニティ・カレッジのフェローに選出された。

1963年、アメリカのベル研究所の主任研究員フィリップ・アンダーソンが、ジョセフソンが数式で予測した通りの「ジョセフソン効果」が成立することを実験的に立証した。

ここで興味深いのは、1961年から1962年にかけて、39歳のアンダーソンがケンブリッジ大学で1年間招聘教授として過ごし、その間に講義を担当していたことである。アンダーソンは、当時の思い出を次のように述べている。

「私の講義をジョセフソンが受講していたことは、大変な迷惑だった。彼は、講義内容のすべてが正確でなければ気が済まなかった。少しでもミスがあると、彼は授業後に私のところにやってきて、そのミスについて延々と事細かに指摘するのだった」

ちなみに、アンダーソンは「磁性体と無秩序系の電子構造の基礎理論的研究」により、1977年にノーベル物理学賞を受賞している。

 

ノーベル物理学賞受賞

ジョセフソンの「物理学トライポス」の試験官は、ケンブリッジ大学の物理学者デイビッド・ショーンバーグと学外から加わったオックスフォード大学の物理学者ニコラス・クルティが務めた。

その試験結果を見たクルティは、「このジョセフソンという奴は何者なのかね? まるでバターをナイフで切るように試験問題を解いているじゃないか」と驚いている。

1964年6月、ジョセフソンは「超伝導体の非線形伝導」に関する博士論文を完成させて、ケンブリッジ大学から博士号を取得した。

その翌年の1965年から1年間、ジョセフソンはアメリカのイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で招聘研究員として過ごし、1967年からはケンブリッジ大学研究員として超伝導体の研究を続けた。1970年には、30歳の若さで英国王立協会フェローに選出され、1972年、ケンブリッジ大学物理学科の専任講師に任命された。

1973年度のノーベル物理学賞は、ジョセフソンと江崎とジェーバーの3人に授与された。

その賞金の半分は「トンネル接合を通過する超電流の性質とくにジョセフソン効果として知られる普遍的現象の理論的予測」により、ジョセフソンに与えられた。ここに「理論」を重視するノーベル賞選考委員会の意向が表れている。

残りの半分の賞金を「半導体内および超伝導体内の各々におけるトンネル効果の実験的発見」により、江崎とジェーバーが分け合った。

ノーベル賞といえば、名誉教授クラスの高齢者が受賞するのが普通である。ところが、この年の物理学賞は、33歳のジョセフソン、48歳の江崎、44歳のジェーバーと比較的若い3人に授与された。ジョセフソンは大学講師だが、江崎とジェーバーが株式会社の研究所主任研究員であることも異例だった。

ノーベル賞委員会が彼らへの授賞を急いだ理由は、当時すでに「ジョセフソン効果」が確立されてから10年が経過し、この効果が「トンネル・ダイオード」から「恒星内部の核融合」や「量子コンピュータ」に至るまで、幅広い物理現象に応用される可能性が高かったからだと思われる。

実際にIBMワトソン研究所は、1970年代後半から1980年にかけて、「ジョセフソン効果」を超電導体に応用した「ジョセフソン素子」を開発している。そのスイッチング速度は、従来のシリコン素子よりも数百倍速く、データ処理能力が大幅に向上する。

ただし、「ジョセフソン素子」は超低温で作動させなければならないため、液体ヘリウムで冷却するコストが掛かるが、その改良方法も現在進行中で研究されている。

1974年9月、ジョセフソンはケンブリッジ大学物理学科の教授に就任した。1976年にはキャロル・オリヴィエと結婚し、夫妻は1人の娘を儲けている。ここまでの彼の人生は、すばらしく順風満帆だった。

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著者紹介

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)

國學院大學教授

1959年生まれ。ミシガン大学大学院哲学研究科修了。現在、國學院大學文学部教授。専門は論理学、科学哲学。主要著書に『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』(以上、講談社現代新書)、『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『新書100冊』(以上、光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など多数。情報文化研究所所長、Japan Skeptics副会長。

X(旧 Twitter):https://twitter.com/ShoichiroT

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