ヒトの場合、ヒトが現れた20万年前以降、新しいレトロウイルスが感染して内在化した例はないと考えられています。
ヒトのゲノムの約9%は内在化されたレトロウイルスです。ヒトを含むほ乳類はレトロウイルスによって進化した可能性が多分にあります。レトロウイルスはどのようにしてゲノムに入っていくのか。研究者がその実験をしたいと思ってもできません。
例えば、マウスにレトロウイルス(白血病ウイルス)を接種しても、内在化の過程を再現できないのです。
ところが、コアラのゲノムには今、外来性のレトロウイルスが入っているのです。レトロウイルスがどのように生殖細胞のゲノムに入るのか。それがどのように子孫に引き継がれていくのか。それを調べることが現代のコアラでできるのです。
オーストラリアのほ乳類は未熟な胎盤のまま進化し、その代わりに胎仔のような小さな子どもを出産して育てる袋(育児嚢)をもつようになったのかもしれません。
ちなみに、コアラはほ乳類でありながら、その子どもはわずか1センチメートルくらいで生まれます。重さは1グラム程度。6カ月ほど母親の袋の中で母乳を吸って大きくなります。
今、コアラが見せてくれているゲノム改変の現象は、恐竜絶滅後に真獣類の祖先にも見られた現象かもしれません。
私が特に知りたいと思うのは、レトロウイルスが生殖細胞に入って、宿主がどうやって生き残るのか、そして感染によって宿主が新しく獲得したレトロウイルスが新規機能をもちうるのかというところです。
この解明には長期に亘る研究が必要です。周囲からは「コアラなんか研究してどうするんだ?」という目で見られていますが、この千載一遇のチャンスを逃してはならないと思うのです。
タイムマシーンに乗らなくてもレトロウイルスによるほ乳類の進化の過程をリアルタイムで研究するチャンスが目の前にあるのです。オーストラリアの有袋類、特にコアラは、レトロウイルスによる生物の進化を教えてくれるタイムマシーンのような生き物だといってよいでしょう。
およそ6550万年前から始まった恐竜の絶滅とほ乳類の進化がどのようなものだったのか。それを現代のコアラが教えてくれるかもしれないのです。若い方にも興味をもっていただきたいです。
更新:11月24日 00:05