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ソ連と同じ轍を踏むのか?「アフガン侵攻失敗」にみるロシアの行く末

2023年04月07日 公開

茂木誠(世界史講師)

 

ソ連崩壊の引き金を引いたアフガニスタン侵攻

ソビエト連邦地図

そうしてがちがちの共産主義を復活させたのですが、そうするとやはり経済はうまくいかず、工業も農業も衰退して大量の餓死者が出るありさまでした。

スターリンの死後、後を継いだフルシチョフは、スターリンの思想や政策を否定する「スターリン批判」を行ない、共産主義体制を少し緩めました。

ところが、そうするとやはり「共産党は要らないんじゃないか」ということになる。これはまずいと党内保守派を率いてクーデターを起こし、フルシチョフを失脚させて指導者の座についたのがブレジネフです。

ブレジネフはスターリンのコピーのような人物でした。ロシアのジョークに、こんなものがあります。

「スターリンとブレジネフは一体何が違ったのか。基本的に同じだが、一カ所違うところがあった。スターリンは鼻の下にひげがあったが、ブレジネフは目の上にあった」

こう揶揄されるほど、ブレジネフはスターリンと同じ路線を取り、がちがちの共産主義体制を敷いたのです。このように、ソ連の指導者は、振り子のように保守派と改革派を行ったり来たりしながら独裁支配を行なってきました。

さて、ブレジネフの時代に、ソ連崩壊の引き金となる出来事が起こります。それが1979年のアフガニスタン侵攻です。

アフガニスタンは、当時のソ連とイラン・パキスタンの間に位置する山がちな国です。今でこそイランは超反米ですが、当時のイランはパキスタンと共に親米政権でした。アメリカが資金や武器を援助し、イランやパキスタンでの影響力を強めていたのです。

これはソ連にとって危うい状況です。そこで、緩衝地帯としてアフガニスタンを抑えようと考えました。

まずはアフガニスタンに干渉して革命を起こさせ、親ソビエト派の共産党政権を樹立させました。その政権を援助することで、アメリカの勢力を食い止めようとしたのです。

ところが、この計画には大きな障害がありました。アフガニスタンが熱心なイスラム教国家だったことです。

共産党はいかなる宗教も認めません。マルクスに言わせれば、「宗教はアヘンである。宗教は人々をだまし、社会の矛盾から目をそらさせ、本当の敵である資本家や地主に対する怒りを和らげる麻薬である」。

したがって、ソ連時代にはロシア正教を中心とする宗教は徹底的に破壊されました。教会は爆破され、聖職者はシベリアに送られたのです。

中国共産党政権も、イスラム教は迷信だと主張し、コーランを焼けとか、豚肉を食べろとウイグル人に強制しています。同じようなことが、アフガニスタンでも起こったのです。

当然イスラム教徒は怒り、内戦が勃発しました。内戦は拡大してアフガニスタン国内はめちゃくちゃになり、国土の8、9割が反政府ゲリラの支配下に置かれました。共産党政権は風前の灯火です。

しかし、アフガニスタンの共産党政権が倒れると、何が起きるか。現在のカザフスタンやタジキスタンなど、名前に「〇〇スタン」とつく国は、ソ連の一部でしたがイスラム圏です。イスラム教徒であるアフガニスタンの反政府ゲリラが勝利すると、彼らも次々と蜂起し、ソ連崩壊を引き起こす恐れがあったのです。

焦ったソ連はアフガニスタンに攻め込みました。ただし、表向きは「アフガニスタンの共産党政府から要請があって助けに行くので、これは侵略ではない」と主張していました。どこかで聞いたような話ですよね。

ところが、ソ連の動きが遅いのに業を煮やしたアフガニスタンの大統領は、援助を求めてアメリカにも接触していました。これに怒ったブレジネフは、助けに行ったはずのソ連の特殊部隊にアフガニスタン政府を襲撃させて大統領を殺害し、別の共産党員を新大統領に据えて政権交代をさせたのです。

アフガニスタンは当時から貧しい国でした。一方のソ連は、核も保有しており、アメリカに次いで世界ナンバー2の大国。その2国で戦争をして負けることは考えにくく、ソ連は短期決戦で終わらせるつもりでした。

ところがこの戦争は10年間続き、ソ連が敗退するというまさかの結末に終わりました。貧しいアフガニスタンのゲリラが大国ソ連に勝ったのは、アメリカがアフガニスタンのゲリラを支援したからです。

 

とどめを刺したチェルノブイリ原発事故

ブレジネフは82年に亡くなりましたが、その後も戦争は続き、想定外に長引く戦争に、ソ連はどんどん疲弊していきました。

このままでは国が亡びる、ということで、85年に指導者となったゴルバチョフは、この愚かな戦争およびアメリカとの対立を終結させ、市場経済に戻す政策をとりました。これが「ペレストロイカ」、ロシア語で「建て直し」という意味です。

ゴルバチョフ改革の柱は2つ。経済自由化と、グラスノスチと呼ばれる言論の自由化です。

グラスノスチのきっかけは、86年に起きたチェルノブイリ原発事故でした。

ソ連は基本的にすべての企業が国有なので、潰れることはありません。競争がないので、怠慢や不効率が放置されていました。78年に運転を開始したチェルノブイリ原子力発電所も例外ではなく、点検やメンテナンスがろくにされない状態で稼働実験をした結果、爆発が起きてしまったのです。

さらに怖いのはこのあとです。この大事故を、メディアは一切報じませんでした。考えてみれば当然で、マスメディアも国営企業の一つですから、国営企業の恥を国営メディアが報じるわけがないのです。

だから、原発が一つ吹き飛んでいるのに、ソ連国民には何一つ知らされず、放射性物質が拡散する中、ふつうに生活を送っていたのです。

ところが、放射性物質は風に乗ってヨーロッパまで広がり、バルト海を越えてスウェーデンにまで届きました。異常な放射線を検出したスウェーデンは驚いて自国の原発を調査しましたが異常はなく、風向きを調べると、ソ連から来ていることがわかりました。ソ連に問い合わせましたが、ゴルバチョフも知らないというのです。

問い合わせを受けて何があったか調べるように命じて初めて、ゴルバチョフもチェルノブイリ原発で爆発があったことを知りました。共産党政権にとって都合の悪いことには口をつぐむ体制を敷いてきた結果、事故の報告は遅れ、そのため被害は拡大し、原発の周辺は立ち入り禁止となり、住民、消火活動にあたった消防、警察、軍の兵士が、何百人も被爆して亡くなったのです。

だから、こういうことを二度と繰り返さないためには言論の自由を認めるしかない、ということでゴルバチョフが進めたのがグラスノスチだったのです。

この決断は立派なものだと思いますが、民間企業を認め、政府を批判する言説もOKというこれらの改革によって、何が起こったか。少数民族の独立運動です。

ソ連は、全部で15の国の連合体でした。領土の大部分はロシアですが、他の14の国は非ロシア系の少数民族。それらの国で独立運動が起きました。

それまでは言論統制で言えなかったのですが、ゴルバチョフがOKを出したので、独立を主張することができるようになったんですね。仕方がないので、ゴルバチョフは15の国それぞれで選挙を行ない、各共和国の大統領を選ぶことを認めました。その代わり、ソ連という外枠は残して、自分はその上に乗っかる、緩い連邦制にしようとしたのです。

そして91年、各国で選挙が行なわれ、大統領が選出されました。ソ連の大部分を占めるロシアの大統領選では、共産党の候補者が負け、野党候補が当選したのです。この人物こそが、ソ連を解体させたエリツィンでした。

急進改革派であるエリツィンは、「ゴルバチョフのやり方は生ぬるい、本気で市場経済をやるなら共産党は不要だ。だからロシアはソ連を脱退する」と主張しました。

実際、91年の年末にエリツィンはウクライナ、ベラルーシのトップと会合を開き、この3国はソ連を脱退すると宣言しました。ソ連の大部分を占めるロシアがソ連から脱退するというのです。この瞬間、ソ連は崩壊しました。

このように、ソ連崩壊の引き金を引いたのがブレジネフのアフガニスタン侵攻の失敗、とどめを刺したのがチェルノブイリ原発事故といえるでしょう。

 

歴史は繰り返す...ソ連の教訓に学べているか

ソ連崩壊が世界に与えたインパクトはどのようなものだったのでしょうか。

まず、ソ連崩壊はアメリカの一極支配の始まりになりました。中東を中心にたくさん存在していた社会主義政権は、スポンサーであったソ連が崩壊したことで、急速に弱体化し、アメリカはそれらにさらに圧力をかけて潰していきました。

例えば、イラクには直接攻め込みました。これがイラク戦争です。それから、シリアやリビアでは、国内の反政府勢力に武器を供給し、政府を転覆させました。これがアラブの春です。

そうして世界中でアメリカの影響力を強めていったのです。社会主義政権で生き残ったのは、キューバ、中国、北朝鮮くらいでした。ソ連の援助を受けていた日本社会党も急速に衰退していきました。

中国が生き残れたのは、ソ連の崩壊に学んだからです。ああなってはまずいということで、早い段階からアメリカとは争わないと決め、アメリカからの投資も受け入れて、共産党の下で市場経済をやりました。

アメリカから見ると、中国は儲けさせてくれる市場なので、潰す必要がなかったのです。そうして生き残った中国は、今ではアメリカと覇権を争うほどの強大な国家になっています。

ソ連からの脱退を宣言し、ソ連崩壊を決定づけたロシアですが、ロシアのウクライナ侵攻は、紛争に至る背景、軍事介入の建前、想定外の長期化と、ソ連時代のアフガニスタン侵攻に驚くほどそっくりです。

歴史は繰り返すと言います。同じ過ちを繰り返さないために、歴史に学びたいものですね。

(『THE21』2022年6月号掲載「今さら聞けない『ソ連』の歴史」より)

 

著者紹介

茂木誠(もぎ・まこと)

世界史講師

東京都出身。駿台予備学校、ネット配信のN予備校にて、東大・一橋大など国公立志望者向けの世界史講座を担当する。歴史上の人物が憑依したかのようなドラマチックな講義スタイルで、学生からの支持も厚い。各種受験参考書に加え、『ジオ・ヒストリア』(笠間書院)、『「日本人とは何か」がわかる日本思想史マトリックス』(PHP研究所)など著書多数。近年はYouTube「もぎせかチャンネル」にも注力する。

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