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フランス革命、ポル・ポト政権...「抜本的改革」がことごとく失敗するワケ

2022年09月13日 公開
2022年09月15日 更新

中野剛志(評論家)

 

何事も「分かっていること」から始める

漸変主義と対極にあるのは、既存の政策にとらわれずに、ゼロベースで、あらゆる選択肢を包括的に検討した上で、理想的な政策を決定するというラディカルなアプローチです。

一見すると、既存の政策にとらわれないラディカルなアプローチの方が優れているようにみえます。しかし、リンドブロムは、インクリメンタリズムの方が優れていると主張しました。その理由は、やはり、現実社会が極めて複雑であるというところにあります。

現実社会は、複雑に入り組んでいるし、想定外のことが起きることもあります。我々は、現実社会が全体としてどのように動いているのか、完全には知り得ないのです。

ということは、どういう政策を行えばどのような結果になるのかも、よく分かっていないということです。とはいえ、わりとはっきりしていることがあります。それは、既存の政策がどのような結果をもたらしているか、ということです。

何事も分かっていることから始めた方がいい。そこで、新しい政策を決定しようとするときは、既存の政策から出発することになります。つまり、あらゆる可能性をしらみつぶしに検討するのではなく、既存の政策と新しい政策の案を比較検討するのです。

ただし、この場合、新しい政策は既存の政策を改善したものになるので、既存の政策と大きく違うものにはなりません。これが、インクリメンタリズムです。

インクリメンタリズムは、確かにより確実な手法ですが、いかにも消極的な姿勢にみえます。しかも、ゆっくりとしている。「インクリメンタリズム? そんな悠長なことでは、何も解決しない。変化が激しい世の中では、もっとスピード感が必要だ」。こんな批判が聞こえてきそうです。

ところが意外なことに、リンドブロムは、インクリメンタリズムの方が、スピーディーかつ根本的に、問題を解決できると主張しました。なぜなのでしょうか。

 

「インクリメンタリズム」が現実社会を大きく変える

それは、既存の政策をベースにせずに、白紙の状態から検討を始めていたら、ものすごく時間がかかるからです。現実社会が複雑である以上、あらゆる選択肢を考えていたら、いくら時間があっても足りません。

それに、利害調整も大変なことになります。インクリメンタリズムであれば、既存の政策を少し変えるだけなので、それによって既得権益を失う一部の関係者との利害調整をするだけで済みますが、白紙の状態から政策を決めるとなれば、社会の構成員全員が利害関係者になり、無数の利害調整を行わなければなりません。

そのような無限の可能性の検討や無数の利害調整をしているよりも、まずは動き出して、既存の政策の改善から始めた方が手っ取り早い。しかも、改善は手っ取り早いので、繰り返し行うことも容易です。

こうして、既存の政策の改善を何度も繰り返していれば、いずれ現実社会は大きく変わっていることでしょう。

というわけで、遅くて変化に乏しいように見えるインクリメンタリズムの方が、実はよりスピーディーでより大きな変化をもたらし得るのです。

 

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