エドマンド・バークは18世紀末の政治家ですが、彼の保守思想は、現代にも通用する叡智のかたまりです。
そのことがよく分かるのが、イギリスの有名な経済学者であるジョン・ケイが著した『想定外——なぜ物事は思わぬところでうまくいくのか?』です。
この本の中で、ケイは、バークの保守思想と似た手法を「回り道」のアプローチと呼んでいます。対照的に、目的や目標を明確にし、その目的や目標を直接的に達成しようとすることを、ケイは「直接的」なアプローチと呼んでいます。
ケイは、この「直接的な」アプローチの方を批判するのです。それのどこが悪いのか、ケイが挙げている例で考えてみましょう。
アメリカの国立公園管理局は、山火事による森林破壊を防ぐことを目標としており、そのために、どんなに小さな火災も消火してきた。それにもかかわらず、山火事の発生率は一向に減らず、むしろ増えてしまった。
しかし、小規模で自然発生的な火災は、燃えやすい下草を除去することで防火帯を形成する効果をもち、延焼を防いでいたことが分かった。
そこで、国立公園管理局は、目標を「山火事の撲滅」から「山火事のコントロール」へと変え、自然発火による火災は放置するよう、ガイドラインを変更した。
ところが、それから16年後、アメリカ史上最大の山火事が発生して、イエローストーン国立公園内の森林の約3分の1を焼き尽くしてしまった。それ以降、ガイドラインは、どの火災を消火し、どの火災を放置するかの判断をベテランの林務官に委ねるようになった。
この国立公園管理局の事例で言えば、「直接的」なアプローチとは、山火事による森林破壊を防ぐという目標のために、火災をすべて消火することです。しかし、その結果、山火事はかえって増えてしまった。
これに対して、林務官が、森林管理の経験を積み重ね、目標を「山火事の撲滅」から「山火事のコントロール」へと修正し、さらに、消火と放置のバランスを追求し続け、新たな発見があるとそれを取り入れて、ガイドラインを修正した。これが、「回り道」のアプローチです。
どうして、「直接的」なアプローチは、うまくいかなかったのか。それは森林というものが、人間の頭脳が及ばないほどに複雑なものであったからでしょう。「山火事を防ぎたいのだったら、あらゆる火災を未然に防げばいい」などという発想は、人間の理性に対する過信だったのです。
森林の複雑さを知りたければ、時間をかけて、森林管理の経験を積むしかない。そして、山火事が起きたら、その失敗から学んでガイドラインを改定し、次に活かすしかない。これは、確かに「回り道」ではありますが、問題が複雑で、人間の理性に限界がある以上は、この「回り道」のアプローチの方が確かに適切でしょう。
ケイはこの「回り道」の効用を論ずるにあたり、チャールズ・リンドブロムという社会科学者が提唱した理論を参考にしています。
リンドブロムは、公共政策というものは、彼が「インクリメンタリズム(漸変主義)」と呼ぶアプローチに従って決定されているし、また、そうすべきであると論じました。
インクリメンタリズムとは、簡単に言えば、新しい政策を決定するにあたっては、既存の政策をベースにして、それを改善するというやり方です。
更新:11月22日 00:05