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おにぎり持ち込みは可? 「シネコンの浸透」が映画文化にもたらしたマナー

2022年05月16日 公開

伊藤弘了(映画研究者・批評家)

 

コロナ禍による大打撃

コロナ禍は資本規模の小さな運営業者が経営するミニシアターや単館系の映画館に大打撃を与えた。

多くのミニシアターが閉館に追いやられるなか、草分け的存在として知られる岩波ホール(東京都千代田区)の閉館発表は象徴的だった。1968年に開館し、半世紀以上の歴史をもつ岩波ホールは、上映機会の少ない世界のアート系映画を積極的に発掘・紹介する場として重要な役割を担ってきた。コロナ禍による観客の減少を理由に、2022年7月29日をもって閉館することが年明けに発表されると、映画ファンや関係者のあいだに衝撃が走った。

映画市場が興行不振に喘ぐなか、歴代興行収入の記録を大幅に更新した『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は一部で「映画業界の救世主」などと言われた。だが、恩恵に与ったのは基本的に大手シネコンを中心とする大規模運営業者である。複数のスクリーンをもつシネコン(最も多い映画館で18)は、その分だけ上映回数を増やすことができるため、より多くの観客を集め、高い利益を上げることができる(『鬼滅の刃』の公開初日に40回以上の上映を行なった映画館もある)。

シネコンとミニシアターとの格差問題はコロナ禍以前から議論されていた。帝国データバンクの調査によれば、2019年の時点で、大手シネコン5社(TOHOシネマズ、イオンエンターテイメント、松竹マルチプレックスシアターズ、東急レクリエーション、ユナイテッド・シネマ)の収入高は2465億4300万円に達しており、映画館運営事業者97社の収入高合計3224億2200万円の76.5%を占めている(*3)。トップのTOHOシネマズの売上高は912億円以上である。事業者の数で見ると、収入高1億円未満が46社と全体の半数近くを構成し、これに10億円未満の31社を加えると全体の79.4%になる。

ミニシアター系、単館系と呼ばれるこれら小規模運営業者77社の売上高を最大限に多く見積もった場合の合計が、ようやく全体3位の松竹マルチプレックスシアターズの352億円に届くかどうかというところである。この数字には、シネコン運営業者と小規模運営業者の二極化がすでにはっきりと表れており、コロナ禍はその構造をあらためて浮き彫りにした。

(*3):『帝国データバンク』「映画館運営業者97社の経営実態調査(2020年)」(https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p201106.pdf)【閲覧日2022年3月14日】

 

支援の拡大と体質改善の必要性

小規模作品の舞台挨拶やゲストによるトークなど、観客との距離の近さを売りの1つとするミニシアターにとって、コロナ禍はなおさら逆風となった。そのようななか、オンライン上映や企画を試みる劇場もあり、筆者も福山駅前シネマモード(広島県福山市)が主催するオンライン講座に講師として登壇させていただいた。

大きな動きとしては、全国の小規模劇場を支援するための「ミニシアター・エイド基金」が話題となった。発起人はミニシアターに馴染みの深い濱口監督と深田晃司監督である。約3万人の賛同者からクラウドファンディングで3億300万円強の支援金を集め、全国のミニシアターに分配している。

これ以外にも「SAVE the CINEMAプロジェクト」や入江悠監督によるミニシアター援助方法のまとめなど、支援の動きが広がった。入江監督は『シュシュシュの娘』を自主制作で完成させ、コロナ禍に苦しむ全国のミニシアターに提供した実績もある。限界や問題点は指摘されているものの、国や地方自治体による助成金も一定の成果を上げている。

一方で、ここ数年のあいだに全国の複数のミニシアターの従業員から上司や経営者によるパワハラの告発が行なわれていることも明記しておかなければならないだろう。「やりがい搾取」と呼ばれるような不当な労働環境の押し付けが横行していたのである。

資金力の面で不安があったことは確かだろうが、当然ながら許されることではない。パワハラやセクハラの告発は映画の制作現場からも相次いでいる。残念なことに、日本の映画産業は歴史的にそうしたハラスメント構造を温存してきた。これは映画館のマナー問題などとは比較にならない明白な人権侵害である。

パワハラやセクハラは被害者の心に癒えることのない傷を残す。どのような謝罪や補償をもってしてもそれを埋め合わせることはできない。社会問題や性犯罪を題材にした映画の製作・配給・興行の過程で人権侵害が行なわれている現状では「映画文化の多様性」などといっても空々しく響くだけである。明日の豊かな映画文化のためには、業界とファンが一体となって悪弊を断ち切る努力を尽くさなければならない。

〈文中、敬称略〉

 

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