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第5波の突然の収束から見えた「ウイルス自滅の可能性」

2022年02月22日 公開
2022年02月22日 更新

黒木登志夫(東京大学名誉教授)

 

AY.29に隠された秘密

コロナウイルスは、外側にあるスパイクによって細胞にとりつく。変異ウイルスはこのスパイクが変異をして細胞との結合が強くなり感染力を増すのだが、AY.29は、それに加えて、意外な場所に変異をもっていることを、先述した国立遺伝研の井ノ上氏が発見した。それは「nsp14」という名前の修正遺伝子である。面白みのない名前のこの遺伝子は、重要な意味をもっていたのだ。

細胞の遺伝情報が複製されるときに生じた間違いを、細胞は校正して直すことができる。このような修復遺伝子はウイルスにはないものとばかり思っていた。ところが、コロナウイルスの仲間たちは修復遺伝子をもっていたのだ。

しかもAY.29はその修復遺伝子、nsp14に変異をもっていたのである。とすれば、AY.29にはたくさん変異が入っていても不思議ではない。事実、いろいろなかたちの変異があることを井ノ上氏は発見した。

 

第5波はなぜ急に収束したのか

2021年夏、私は第5波の感染者数の棒グラフを見るたびに不安を覚えていた。ところが、すごい勢いで増えていった感染者は8月下旬を境に一転、下降に転じた。8月中旬には5770人もいた東京の感染者は、10月下旬から翌年の正月までには20人以下になった。全国も東京都も、第5波のピークから99.6%も下がったことになる。どうしてこんなに下がったのか。

尾身茂新型コロナウイルス感染症対策分科会会長は、第5波が急速に収まった理由として次の5項目を挙げた。

(1)人流の減少、(2)ワクチン接種の増加、(3)医療逼迫の改善、(4)気象条件の変化、(5)病院・介護施設感染者の減少

しかしこれらの5項目には説得力がなく、全部を合わせても「合わせ技一本」にはならない。ただ一つ感染縮小の可能性になりそうなのはワクチン接種であるが、これにも最大要因と説明するのには無理がある。なぜなら2回接種した人が60%(当時)、ブレークスルー感染を20%とすると、感染に感受性のある人は52%になる。これでは、感染者は「高止まり」になるはずである。

ではなぜ、感染者が急に減ったのか。

私にとってもっとも理解しやすい理由は、nsp14の変異であった。AY.29が複製したとき、修復遺伝子の変異によって校正も修復もできずウイルスに変異が起こる。さらに、ホストを変えて感染を広げるうちに変異を蓄積する。

そのなかには、ウイルスの生存に関わるような遺伝子があるかもしれない。その結果、ウイルスが消滅したのではなかろうか。この仮説を証明するような実験が2010年に発表されている。

 

SARSはなぜ消滅したのか

nsp14の存在を明らかにした米バンダービルト大学(テネシー州)のマーク・デニソン教授は、2002年から2003年にかけて流行し、消滅したSARSウイルスの遺伝子nsp14に変異を入れたところ、SARSウイルスのゲノムの100カ所に変異が入り、しかも、代を重ねるにしたがいウイルスの性質が変わったと報告している。この論文が発表されたのは2010年、新型コロナ禍の10年前である。

SARSは幸いなことに消滅した。しかし、その理由はわからないままであった。感染対策が功を奏したとき、毒性が強くなって自滅したなどといわれているが、ゲノム解析が今日ほど進んでいなかった当時には、結論は出ないままであった。しかし、デニソンらの研究によって、SARSはnsp14の変異によって自滅したというシナリオがみえてきた。

 

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