Voice » 社会・教育 » 第5波の突然の収束から見えた「ウイルス自滅の可能性」

第5波の突然の収束から見えた「ウイルス自滅の可能性」

2022年02月22日 公開
2022年02月22日 更新

黒木登志夫(東京大学名誉教授)

黒木登志夫(東京大学名誉教授)

オミクロン株が猛威をふるい、未だ止まぬ新型コロナウイルス禍。東京大学名誉教授の黒木登志夫氏は第5波やSARSの終息の経緯から「ウイルス禍の終わり」を考察する。

※本稿は『Voice』2022年3⽉号より抜粋・編集したものです。

 

天然痘以上の感染力のデルタ株

"Now this is not the end. It is not even the beginning of the end. But it is, perhaps, the end of the beginning."

1942年秋、エジプトのエル・アラメインの戦いで、ベルナルド・モンテゴメリ将軍の率いるイギリス軍は、「砂漠の鬼将軍」といわれたエルヴィン・ロンメル将軍のドイツ軍を打ち破った。同年11月10日、下院の昼食会で、ウィストン・チャーチル首相は、「これは終わりではない。終わりの始まりでもない。多分、始まりの終わりだろう」と語った。

チャーチルの言葉を借りれば、いま世界を翻弄している新型コロナウイルスのオミクロン株は、「始まりの終わり」でもないし、「終わりなき戦いの始まり」でもないであろう。

これまでの2年間、新型コロナウイルスを追ってきた私からみれば、オミクロン株を"But it is,perhaps,thebeginning of the end."つまり、「終わりの始まり」と考えたい。なぜそう考えるのか、その理由を書いてみよう。まず第5波を振り返ってみよう。

 

変異を繰り返しながら波状攻撃

第1波から第6波までウイルス株の感染者数

コロナウイルスは、変異を繰り返し、姿を変えながら、波状攻撃を仕掛けてくる。これまでの6波はすべて、別の変異ウイルスであったことが国立感染研のゲノム解析から明らかになっている。

最初に、「変異」とは何かをおさらいしておこう。コロナウイルスのゲノムはRNAである。ゲノムにはAUGC(A:アデニン、U:ウラシル、G:グアニン、C:シトシン)の四文字が並んでいる。そのうちの三文字の組み合わせでアミノ酸が決まる。三文字の配列に別の文字が入るとアミノ酸が変わり、タンパクが変わることになる。「バラガサイタ」の歌が「バカガサイタ」になるようなものである。

図1は、第1波から第6波までの、それぞれのウイルス株の感染者数を示したものである。このうち、アルファ株(第4波)とオミクロン株(第6波)は、外国から入ってきたウイルスであるが、第2波、第3波、第5波は、日本独自、つまり、ほかの国にはないウイルスである。第5波はデルタ株であるが、ゲノムを調べたところ、デルタ株の子孫のAY.29であることがわかった。これも、日本独自の株である。以下、第5波(AY.29)と第6波(オミクロン株)について、詳しく分析しよう。

 

AY.29はどうして見つかったのか

ウイルス変異を調べるゲノム解析は、国立感染症研究所、地方衛生研究所など、厚労省関係の御用達である。生命科学系の学部をもつ大学は、どこでもゲノム解析に必要な技術と施設をもっているので、国立感染研と大学がコンソシアムをつくってゲノム解析を進めるべきと私は主張してきたが、一部でしか実現していない。

現に、イギリスでは、サンガー研究所と大学のコンソシアムが週に数万ものウイルスゲノム解析を行なっている。

それでも、大学には道が残されている。国立感染研が国際的なコロナウイルスゲノムのデータベース(GISAID)に送ったコロナウイルスのゲノムデータがオープンになっているので、誰にでも解析できるのだ。

新潟大学の阿部貴志教授と国立遺伝学研究所の有田正規センター長は、GISAIDに登録されている6万近いコロナウイルスゲノムを詳細に調べ直した。その結果、第5波は二つの新しい変異をもつデルタ株の亜株であることを発見し、AY.29としてPANGOという新型コロナウイルスデータベースに登録した。

しかも、AY.29は、日本以外ではみつかっていない、日本独自の株であるというのだ。国立遺伝研の井ノ上逸朗氏によると、AY.29の感染拡大の出発点となったのは、空港検疫で発見されたインド人ではないかという。

第5波の最中の2021年7月と8月にコロナウイルスのゲノム解析をした結果、全体に占める割合のうちAY.29は、それぞれ、93.2%、94.2%に達していた。

このあいだ、東京2020オリンピック・パラリンピックが開かれていたが、オリンピック開催に伴い海外からもち込まれたウイルスはなかったという。

つまり、東京オリンピックの新型コロナ対策として導入された「バブル方式」(選手や関係者の移動・滞在を一定の空間に限定し、外部との接触を極力避ける感染対策方法)は成功したのだ。これは、オリンピックを強引に進めた菅義偉前首相とIOCのバッハ会長にとってはよいニュースのはずだが、厚労省からその事実は彼らに届いているのだろうか。

次のページ
AY.29に隠された秘密 >

Voice 購入

2024年12月

Voice 2024年12月

発売日:2024年11月06日
価格(税込):880円

関連記事

編集部のおすすめ

オミクロン株は本当に「最後の変異株」なのか

國井修(グローバルファンド戦略・投資・効果局長)

「アフリカでのワクチン大量廃棄」が引き起こす次の心配

國井修(グローバルファンド戦略・投資・効果局長)