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「庶民派」と打ち出された菅政権も…安倍前首相と何が違ったのか?

2021年06月15日 公開
2021年07月09日 更新

松井孝治(慶應義塾大学総合政策学部教授)

松井孝治

日本において、新型コロナによる人口当たりの死者数は必ずしも多いとは言えない。しかし、このコロナ禍が浮き彫りにした我が国の課題は重い。

慶應義塾大学教授の松井孝治氏は、そうした課題を3つに分けて解説する。国と地方の役割分担の問題、閣僚の役割分担の不明瞭さ、進まないワクチン接種。昨年発足した菅政権に欠けているものとは。

※本稿は『Voice』2021年7⽉号より⼀部抜粋・編集したものです。

 

コロナ対応「失敗の本質」は何か

このままでは日本にとって、先の大戦以来の「第二の敗戦」となる――。依然として続く新型コロナ禍への政府の対応は、そう評価せざるをえない。

読者諸氏もご賢察のとおり、我が国は世界的にみたときには、新型コロナによる人口当たりの死者数が必ずしも多いわけではない。日本が感染を比較的抑えられた要因は、「ファクターX」を含め、今後の解明を待たねばならないが、欧米諸国と比較して東アジア諸国に何らかの要素が働いているのは間違いないだろう。

とはいえ、日本が新型コロナを「政策によって」抑えられたかといえば、疑義を呈さざるをえない。医療提供体制の確保はなぜ十分に進展せず、ワクチン接種はどうして遅々として進まないのか。これらの諸問題に通底する政治・行政・社会的な構造的課題は何か。

まずはコロナ禍で浮き彫りになった我が国の課題として、大きく三点を指摘したい。

一点目は、国と地方の役割分担の問題だ。本誌でもすでに指摘したように(『Voice』2020年9月号「霞が関の矜持を保つ国会改革を」)、関東でいえば東京・神奈川・千葉・埼玉、関西ならば大阪・京都・兵庫は生活・経済圏としては一体である。

しかし、今年4月25日より発出された3度目の緊急事態宣言では、東京・大阪・兵庫・京都のみが対象となり、関東圏では東京を除く三県が対象から外れた。

感染状況や病床使用率を勘案した判断とは言うものの、首長の意向が相当程度、恣意的な影響を与えているように思える。県境をまたぐ人流を抑制できないのであれば、緊急事態宣言の実効性は薄れてしまう。

現に東京都北区の住民は、埼玉県川口市やさいたま市、大田区なら、神奈川県川崎市や横浜市で、江戸川区なら千葉県浦安市や市川市で買い物や食事をする機会が少なくないし、その逆も多い。

感染症対策において、都道府県の行政区分ごとにまちまちな措置を講じても、意味がないどころか、却って人流の集中を招きかねないのだ。

地方自治体に住民の医療や健康対策の権限と裁量を与えること自体は間違っていない。ただし、感染状況が深刻化し、一刻の猶予も許さない事態に際しては、経済圏が一体の自治体がバラバラの対応をとるのは望ましくない。

たとえば、大規模災害が起きたときの河川管理は、各自治体の領域を超えて国土交通省が対応を担っている。今回の感染症対策は主に厚生労働省の所管だが、緊急時の機動的な対応に欠けているのは明らかだ。一時議論されていた日本版CDC(疾病対策センター)のような強力な機関の創設を速やかに検討すべきである。

二点目は、菅内閣において、コロナ対応に当たる各閣僚の役割分担が不明瞭で、それゆえに彼らのメッセージが効果的ではないことだ。官邸の菅義偉首相と加藤勝信官房長官、感染症対策の実働省庁を司る田村憲久厚生労働大臣と西村康稔新型コロナウイルス感染症対策担当大臣。

各大臣が担っている役割の違いを説明できる国民が、はたしてどれほどいるだろうか。それぞれが記者会見を開いても、国民への行動自粛を「お願い」するばかり。

医師会へのより強力な要請も、経済社会活動への目配りも筆者には感じられない。譬えは悪いが、筆者には、ボール一箇所に集中する「ヘボサッカー」にしか見えない。政府としていかなる戦略で国民に対策を呼びかけているのかがまったくみえてこない。

三点目は、いままさに直面しているワクチン接種・普及の遅れである。『日本経済新聞』「チャートで見るコロナワクチン世界の接種状況は」によれば、人口100人当たり接種完了人数はイスラエル57人、米国40人、英国34人に対し、日本はわずか2人にとどまる(2021年5月25日時点)。

我が国でワクチン確保の初動が著しく遅れたのは、拙速な治験や副反応を懸念した厚生労働省の慎重な姿勢が作用しているだろう。他省庁と比べても、厚労省は緊急時の機動力に欠ける構造的体質がある。

とはいえ、厚労省だけを責めていても根本的な問題は一向に解決しない。厚労省がワクチンに対してなぜ慎重な姿勢に終始したかといえば、これまでの薬害問題訴訟の経緯があるし、マスコミがコロナ禍当初にワクチンの副反応を煽った事情もある。

厚労省の官僚からすれば、海外ではなく国産のワクチン開発に期待していた側面もあったかもしれない。

また、ワクチン接種においては、日本は米国や英国と比べて医療従事者やボランティアの「動員」が弱い。本来であれば、有事においては政治の力で英断を下し、医師会や看護協会を動かす必要がある。

このたびのような緊急時には、行政の執行力を平時よりも高め、医療関係者への協力を促すと同時に、人と物資の動員を進めなければならなかった。このことは病床確保や緊急診療体制の整備についてもまったく同様の指摘が当てはまるのではないか。

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