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「庶民派」と打ち出された菅政権も…安倍前首相と何が違ったのか?

2021年06月15日 公開
2021年07月09日 更新

松井孝治(慶應義塾大学総合政策学部教授)

 

菅首相と安倍前首相の指導力の違い

これら三つの課題の根底にあるのは何か。それは菅政権のコロナ対策における「戦略性」の欠如だ。たしかに、コロナ対応は政治にとって非常に難解なミッションである。

いかなる政権であろうとも水をも漏らさないような対策は不可能で、大なり小なり国民からの批判を免れることはできなかったかもしれない。

しかし、現政権に関していえば、財源の使い道一つをとってもどうにも解せない。たとえば「GoToトラベル」事業は昨年度の第三次補正予算(2021年1月28日成立)で1兆311億円が追加され、総事業費は約2.7兆円に及んだ。

私事で恐縮ではあるが、私の実家は京都で旅館を営んでいるから、観光業の苦境とそれを支援する取り組みの重要性は痛いほどわかる。コロナ禍が収束した暁には、観光需要の喚起を図り、活動を促進させていくべきだ。

とはいえ、所管の赤羽一嘉国土交通大臣が「事業の再開は当面、難しい」との認識を示しているにもかかわらず、執行される見込みのない莫大な予算を計上するのは、あまりに乱暴だ。

「GoToトラベル」事業に追加された1兆円以上の予算のうち、3分の1でも病床の確保に充てていれば、少なくともいまよりは医療提供体制が拡充されていたのではないか。

菅首相個人の指導力についても、私は厳しく評価している。総理大臣の最大の責務を定義するならば、自分に与えられた天命を自覚し、5年、10年先のビジョンを掲げて実現していくことではないだろうか。

ところが菅首相は場当たり的な対応が目立ち、行政上の構造的な問題にメスを入れていない。「GoToトラベル」事業の一時停止の決断が遅れたのも、自らの肝煎り政策に拘泥し、また二階俊博幹事長らの意向にひきずられたからだと思えてならない。

菅首相は安倍政権時代に官房長官を務め続け、その経験から短期的な案件を迅速にさばく術には長けているのかもしれない。だが、一国の宰相として中長期的なビジョンを描き、それを国民に明快に伝える姿勢が欠如しているのではないだろうか。

あえて安倍晋三前首相と比較するならば、一般的には政治家一家の名門である安倍前首相と比べて、菅首相は叩き上げの「庶民派」との印象を抱くかもしれない。

実際に就任直後は、そのように報じたマスメディアが多かった。しかし私は、政治家と国民の壁を取り払おうとする姿勢において、両者はむしろ逆だと考えている。

安倍前首相に対して、初期のコロナ対応やそのほかの政策を含めて、多くの批判があったことは承知している。私自身、同政権の外交・安全保障政策は高く評価しているものの、長期政権のわりに社会保障の抜本的な改革を棚上げにしてきた点は誠に残念だった。

ただしそのなかでも、安倍前首相は自らの意志を国民に伝えるための呼びかけに相当な精力を注いできたように思う。

ところが菅首相の記者会見や国会答弁をみても、国民にメッセージを伝えようとする気概がまったく感じられない。人の行動を変えるには、結局のところは相手の感情を動かさなければならない。

政治の側が断固たる意志を伝えて、そのうえで信頼を得なければ、国民に活動自粛を強いても応えてもらえないのは当然だ。菅首相には、「自分たちはやることをやればよい、国民はついてくる」との過信があるのではないだろうか。

「令和おじさん」や「ガースー」のように親しんでもらうだけでは意味がない。遅きに失した感は否めないものの、いまからでも本当の意味で国民の政治不信を取り払う覚悟を示していただきたい。

 

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