2021年05月27日 公開
2021年07月12日 更新
五八事件の「血の絆」と経済の結びつきだけではなく、現在のセルビアは政治・軍事面でも中国との距離が近い。セルビアは2010年、中国の民主活動家の劉暁波がノーベル平和賞を受賞した際に、授賞式をボイコットしようとする動きを見せた。
また、セルビアは中国のチベット問題や台湾問題、南シナ海問題はもちろん、国際的に強い批判が起こっている新疆ウイグル自治区での少数民族弾圧政策すらも中国の立場を公然と支持している。
もちろん、新型コロナウイルス問題について中国の責任を問うようなことはない。2020年6月30日に香港向けに制定された国家安全維持法についても、ブチッチ大統領が支持を明言した。セルビアの政体は民主主義体制だが、現在のブチッチ政権はジャーナリストへの迫害などの強権的な姿勢で知られている。
ユーゴ紛争の際の「セルビア悪玉論」のプロパガンダ攻勢や、NATOの空爆で植え付けられたアメリカや西欧への根強い不信感は、いまだにセルビアの国民感情に影を落としている。ただ、セルビアが中国に接近する理由は他にもある。
それはセルビア南部の元自治州・コソヴォの問題だ。2008年にコソヴォ共和国が独立を宣言した後も、セルビアはコソヴォの主権を認めず、「自国の自治州」だとする姿勢を崩していない。
これは東アジアにおける中国が、異なる主権を持つはずの台湾に対して領有主張をおこない、さらに香港や新疆に対して地域の独自性を無視したまま「統一中国」の枠組みに組み込もうとする姿勢と通じるところが多い。
そうした事情もあってか、セルビアが台湾・香港・新疆など中国の周縁地域の分離独立運動に常に反対する立場を示すのに対して、中国もまた一貫してコソヴォの独立に反対し、セルビアの立場を支持している。ある種の相互補完関係が出来上がっているのだ。
ちなみに、中国がセルビア側に立っていることから、なんとコソヴォに対しては台湾(中華民国)が国家承認をおこなっている。東アジアの両岸対立構造がバルカンの民族紛争に持ち込まれるという興味深い構図だ。
20年前にアメリカによって「世界の敵」にされてしまった欧州の異端児・セルビアは、米中対立構造が深まる現代の世界で、過去の因縁ゆえにあえて中国に接近している。19世紀からこのかた、欧州の火薬庫として知られたバルカン世界は、中国の登場によって再び流動化の時代を迎えつつある。
更新:12月04日 00:05