蔡英文政権でデジタル担当大臣を務め、近隣店舗のマスク在庫を把握できる「マスクマップ」の開発を主導したことで知られるオードリー・タン氏。同氏の底知れない知性や哲学には、台湾の民主主義の礎を築いた李登輝元総統の影響があった。中国の脅威が増す東アジアの現状とともに、李登輝元総統から学んだ「公の精神」について語る。
本稿は『Voice』2021年1⽉号より⼀部抜粋・編集したものです。
取材・構成・写真:栖来ひかり(台湾在住ライター)
――2020年6月末に中国で香港国家安全維持法が施行されるなど、香港の民主主義の未来が憂慮されています。台湾では、2014年の雨傘運動のときから香港に連帯する動きがみられましたが、現状をどうご覧になりますか。
【タン】台湾に現在のような報道の自由がなかった時代、人権問題に携わる人びとは国際的な理解を得るために、香港のジャーナリストの力を借りてきました。香港を介して世界中の自由な記者たちが活躍してくれたからこそ、いまの私たちがあるのです。
その経験を踏まえると、台湾には二つの重要なミッションがあります。一つは、香港で助けを必要としている人たちにできる限り手を差し伸べること。香港をベースに活動していた国際メディアや、民主化運動を支持するNGOのなかには、すでに台湾に拠点を移している組織も存在します。
もう一つは、片時も「香港を忘れない」こと。かつて戒厳令下にあった台湾で、香港を通じて国際的な注目が注がれていた期間は、自由と民主が大きく傷つくことは避けられていました。しかしひとたび台湾の存在が忘れられたならば、犠牲はもっと大きなものだったでしょう。現在の香港に関しても、同じ懸念が生じています。
――近ごろは中国の戦闘機が台湾周辺での動きを活発化させ、現実的な脅威が増しています。中国の挑発的な行動をどう捉えていますか。
【タン】いまのような状況は1996年ごろからずっと続いていますね。この動きはいわゆるパワープロジェクション(戦力投射)ではありません。投射されているのはパワーではない。むしろ中国自身が抱く不安感です。
――台湾は中国とは異なる価値観をますます強めていくことで、自身を守っているようにみえます。
【タン】たしかに私たちは「人権」「自由」「民主」を重んじていますが、一方で国民健康保険証を使うときは「社会主義」的な側面も出てきます。大切なのは、資本主義と社会主義の左右どちらかに偏るのではなく、バランスを取りながらイノベーションによって上へと向かう姿勢です。
台湾最高峰の玉山の標高が1年に2、3センチずつ高くなっているのは、2つの海洋プレートがぶつかり合っている結果ですね。同様に価値観においても、さまざまな考えが激しくぶつかってせめぎ合うことが、新しいイノベーションを生み出します。
台湾では、社会福祉と言論の自由の両方を享受することができます。台湾がさらに上に登っていけば、中国はよりいっそう不安を抱くでしょう。
――日本は台湾と同じく「自由と民主主義」を掲げているものの、香港や台湾の危機に対して「傍観」的な姿勢をとっているとの意見もあります。
【タン】私は決してそのようには思いませんよ。2020年7月末、元総統の李登輝さんが「ログアウト」(台湾のネット用語で、生まれる=登入/ログイン、亡くなる=登出/ログアウト)されたとき、日本の人びとから数々の哀悼の意が表されました。台湾は日本から大いに関心と愛情をもたれているのだと実感した出来事です。
私が日本の地方自治体を訪れたときも、皆さんまず「東日本大震災のときはありがとうございました、台湾はこんなこともあんなこともしてくれて」と話してくださる。台湾の日本への貢献について詳しく、丁寧にお礼を仰るのです。したがって、日本の中央政府も自治体も私たちを傍観しているとは思いません。
いまや台湾と価値観を共有する国は東アジアだけではなく、インド洋から太平洋まで伸びて、ニュージーランドやオーストラリアも入ります。価値観の近い仲間である我々が積極的に対話できるのは素晴らしいことです。
更新:11月24日 00:05