2020年09月12日 公開
2020年09月14日 更新
――作品の中身に話を戻すと、十太の元同級生だった大宮夏佳は水泳選手として活躍しつつ、心の奥ではいつも十太の存在を意識していた。フリーライターの相葉光莉は、十太のバンドの演奏を偶然聴いたことで夏佳との関係を深めていく。立場や環境が違っても、皆が十太に巻き込まれていく様が印象的でした。
【青羽】 そう感じてもらえたなら良かったです。もしも自分が作家として秀でている部分があるとしたら、それは物語を構成する力だと思っています。もしくは構造と言い換えてもいい。
作家のなかには、書き進めていくなかで物語を膨らませていく方もいます。しかし僕は、最初から明確なメッセージや構造を決めています。
夏佳と光莉が、十太の生き方の「真相」に迫って行動を共にした最後のシーンは、描写から台詞まで最初から頭の中にありました。
――音楽の才能で周りを惹き付ける十太の姿は、若くして読者を魅了する青羽さんと重なって見えました。十太をどういう人物として描こうと思ったのでしょう。
【青羽】 十太は僕にとって理想とする人物だといえます。彼はいつも遠くを見ていて、現実に合わせた中途半端な妥協は許さない。
僕が小説を書くうえでも、たとえば自分の身近にある題材だからといって昨今の大学生の姿を描くだけでは、やはり深みがないでしょう。その先にある何か大きなテーマを捉えたい。いつもそう考えています。
一方で、十太はたしかに才能にあふれる人物ですが、安易なカリスマとしては描きたくなかった。彼の人物像は、周りの人間がつくり上げた側面もあります。
もしも十太を取り巻く環境が違っていたら、彼はたんなるギター好きなおじさんになっていたかもしれない。
人間とは誰もが大なり小なり多面性をもっているもので、十太のそうした部分も意識しながら描きました。
――「天才」といわれる人たちも当然、固有の悩みや葛藤を抱えている。青羽さん自身もそうですか。
【青羽】 僕の才能を認めてくれる人がいるのは有り難いことです。でも仮に自分が本当に「天才」だとしたら、小説の筆が進まなくて一日ブルーな気分で過ごすなんてことはないはずです(笑)。
本作の登場人物のなかでも、十太は決して特別な存在ではありません。世の中の全員は同じ場所に立っているのだと思います。
悩んだり輝いたりする瞬間がそれぞれにある。そういう意味で、僕は「人間ってこんなもんだよな」という諦観をつねにもっていますね。
一作目の『星に願いを、そして手を。』も、自分のなかでは諦めの物語でした。主人公の祐人は宇宙に憧れながらも挫折し、町役場に勤めています。
一方で元恋人の理奈は大学院に進学し、宇宙に携わる道へ邁進している。二人の対比は象徴的ですが、そこに明暗はないんです。「比べても仕方がない」という諦観があるからこそ、人は前に進んでいける気がします。
更新:11月22日 00:05