2020年07月15日 公開
2021年11月01日 更新
――キリスト教根本主義者のなかには「コロナは神による罰だ」と主張する人もいます。カミュの『ペスト』に登場した神父も当初そう訴えましたが、想像を超える感染爆発で言動に齟齬が生じていきます。
【森本】小説のなかでは、無垢の子どもがペストに冒され、苦しみながら死んでゆく描写があります。神父の祈りも聞き届けられません。そこで主人公のリウーは怒りを吐き出します。
「子どもたちが責めさいなまれるような世界を作る神なんて、絶対に受け入れられない」。こういう問いを「神義論」と言いますが、宗教はいずれもこの問いに何とかして答えようとする人間の試みです。
マックス・ヴェーバーは、20世紀初頭のドイツ大衆が信仰をもたない最大の理由は「いわれなき人生の苦難」だ、という分析を示しています。
疫病だけではありません。地震や津波のような天災の際にも、この問いは繰り返されてきました。フランスの哲学者ヴォルテールがライプニッツの楽観論に疑問を抱いたのも、リスボン大地震がきっかけです。
同じ問いをアウグスティヌスはローマ帝国の滅亡期に問うていますし、旧約聖書の「ヨブ記」は、そもそもこの問いを中心に書かれたものです。
もし皆さんが口うるさいキリスト教徒を黙らせたいと思ったなら、絶対に成功する方法があります。「全知・全能・全愛の神は、なぜこの世の悪を防げないのか」と問いかけてみてください。
悪の存在は、神のこの三要素のどれかを否定しないと答えられません。たとえば遠藤周作が描くイエスは、「全能」を諦めた姿です。
キリスト教に限らずどの宗教でも、こうした問いへの一般的な答えは用意されていると思います。しかし、それで苦難の渦中にある本人が納得できるかは別問題です。
――宗教は万能ではないし、そのことを宗教者自身も認識している。
【森本】まさにここに、はじめに申し上げた宗教のもう一つの役割があるように思います。宗教は、理不尽な苦難に襲われた人がそれを「整合的に理解」するための枠組みを提供します。
ただし、あくまでも自分が納得するための世界理解なので、出来合いの議論だけでは足りません。各自が本人なりに加工して、自分だけに納得感のあるストーリーがつくられるのです。
他の人には愚かに聞こえるかもしれない。でも本人にはそう信じるほかにない、という差し迫った現実感があるのです。
だからそれは詐欺や陰謀論と紙一重です。現代社会でフェイクニュースや陰謀論が流行るのも、同じ理由でしょう。
日本人の多くは、アメリカ社会でどうしてあのような大統領が支持され続けるのかを理解できずにいますが、それはわれわれが大都市ばかりを見ているからです。
グローバル化で地盤沈下した地方のアメリカ人には、そうとでも理解しなければ自分が崩壊してしまうような現実が目の前にあるわけです。
――ドナルド・トランプ米大統領は「忘れられた人びと」に対して、彼らが信じたい「偉大なアメリカ」という物語を明快に語り、支持を伸ばしましたね。
【森本】われわれの周囲にも、同じような例はあるでしょう。ひと昔前のお年寄りは、酔っ払うと必ず戦争中の話をしたものです。あれは、その人にとってそうとしか理解できない苦悩の現実があって、ストーリー仕立てで語っているのです。なかには思い違いや明らかな嘘が含まれているかもしれない。
でも、本人は過去のストーリーを自分なりの解釈で語ることで、自らの人生を首尾一貫して理解したいのです。それは、自分の心の真実に最も近い「ディープ・ストーリー」です。
そう語ることで自分を癒やし、アイデンティティの中核を何とか維持しようとしているわけです。
『Voice』2021年9月号(8月10日発売)より、森本あんりさんによる人生相談企画「人生の道しるべ」が開始しました。
国際基督教大学教授で牧師でもある森本さんが、社会に閉塞感が漂ういま、あなたのお悩みに全力でお答えします。
家族間の問題、会社での人間関係、将来の進路など、相談内容は問いません。掲載分には、図書カードを進呈致します。奮ってご投稿ください。
※原稿は、内容を損なわない範囲で、一部を修整させていただく場合がございます。
※掲載分は電子メディアや出版物などで公開する場合がございます。あらかじめご了承ください。
【応募要項】
専用のフォームよりご投稿ください。
●郵送の場合は、400字詰め原稿用紙1枚程度で、住所、氏名、年齢、職業を記入のうえ(掲載は匿名)、ご送付ください。※原稿は返却できません。
【宛先】
〒135-8137
東京都江東区豊洲5-6-52 NBF豊洲キャナルフロント11階
株式会社PHP研究所 Voice編集部 人生相談係
●メールでも投稿を受け付けております。
voice@php.co.jp
更新:11月24日 00:05