2018年01月09日 公開
2019年04月20日 更新
聞き手:編集部(中西史也) 写真:遠藤宏(カメラマン)
――本書『宗教国家アメリカのふしぎな論理』では前作『反知性主義』を踏まえ、アメリカに内在する権力への反発や宗教への傾倒を読み解いています。たとえばアメリカ人の宗教観は、2016年11月の米大統領選挙におけるドナルド・トランプ氏の勝利にどう影響したのでしょうか。
森本 日本だけでなく世界中で不思議に思われていることですが、あの選挙では白人福音派の8割がトランプ氏に投票しました。もともとアメリカ人には、神に従う者は恵まれる、という考え方がある。トランプ氏は成功し、恵まれている。したがって、神はトランプ氏を是認しているに違いない。こうしたアメリカ人特有の「富と成功」の論理によれば、アメリカン・ドリームを成し遂げたトランプ氏は、神から特別な祝福を受けている存在だと見なされるのです。
――宗教との関わりが薄い日本人にとっては、とても都合がいい解釈というか、奇妙な論理にも思えるのですが。
森本 イギリスからの独立を経て建国されたアメリカは「旧世界」を汚れたものと考え、本来のキリスト教の考え方を変容させてきました。その変化の背景にあるのが「富と成功」の論理と「反知性主義」です。
2015年2月に私が『反知性主義』を上梓したとき、反知性主義とは知性そのものを蔑視する態度である、と誤解する人もいました。しかし本来は、知性と権力の結び付きが固定化することへの反発を意味します。その根源は宗教にあり、大卒のインテリ牧師が幅を利かせる極端な知性主義に対する反動として生まれたのです。
――反知性主義の観点から見れば、既成政党のエスタブリッシュメントを痛烈に批判したトランプ氏に一定の支持が集まるのは当然なわけですね。
森本 はい。トランプ氏は、ポピュリズムを利用するのも非常に巧みです。雇用、移民、テロなど特定のテーマにおける善悪を問うことで、アメリカ国民の関心を引き付けた。単純な善悪二元論に陥りやすいのがポピュリズムの特徴で、その原理主義的な性質はある意味で宗教と共通しています。
日本でいえば、小池百合子氏はポピュリズムの典型といえます。衆院選前の例の「排除」発言で、希望の党は急に失速しましたが、ポピュリズムは熱しやすくて冷めやすい。政党組織より個人の発言が占める役割が大きくなる傾向にあります。
――トランプ氏と大統領選で争った民主党のヒラリー・クリントン氏は女性とはいえ、人種・宗教的にはアメリカにおけるキリスト教徒の〝本流〟であるWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)に該当します。なぜ彼女は負けてしまったのでしょうか。
森本 アメリカ国内における人種構成の変化や経済格差の拡大など、さまざまなことが語られていますが、私はもう少し心理的な観点から、「オバマ疲れ」が最も大きな要因だったと考えています。2009年、バラク・オバマ氏は黒人として初めて大統領になったわけですが、それは当時のアメリカ人が誰も予想していなかったほど大きな歴史的変化でした。
とはいえ、急激な変革には必ず反発を伴い、必然的にどこかで揺り戻しが訪れるものです。一方向に振れたあと、もう一方に戻ろうとする復元力が働くのは自然なことでしょう。オバマ政権は、民主党で政策的にも性格的にもリベラルで、それが「リベラル疲れ」を引き起こします。要するに、ヒラリーが敗れたというよりも、「オバマ・ヒラリー継承路線」が敗れたということです。もし2009年にオバマではなくヒラリーが大統領候補になっていたら、彼女にもチャンスはあったでしょう。
――医療保険制度改革(オバマケア)や多国間の枠組みを重視する外交・安全保障政策など、オバマ政権の路線が反発を生んだ、ということでしょうか。
森本 そのとおりですが、もう少しいうと、リベラリズムの根底にある意志力崇拝や設計主義への反発です。オバマ大統領の「Yes,we can(私たちならできる)」という言葉が象徴していたのは、物事を理性的に計画して努力していけば進歩は続いていく、というじつにアメリカ的な発想です。保守主義は、こうした人間の能力に対する過信を本来的に警戒します。自らの思い描いた理想を完璧に実現することを求める「パーフェクショニズム(完全主義)」に対する疑念です。
ちなみに、最近公開されたエマ・ワトソン主演の映画『ザ・サークル』(2017年)は、そうした完全主義の陥穽をリアルに描いた作品です。昨今のアメリカ国民の「完璧疲れ」が反映されているのかもしれません。
(本記事は『Voice』2018年2月号、「著者に聞く」森本あんり氏の 『宗教国家アメリカのふしぎな論理』を一部、抜粋したものです。全文は現在発売中の2月号をご覧ください)
更新:11月21日 00:05