ピケティによれば、これには2つの理由がある。一つは、高等教育がそもそもリベラルな価値観を涵養するということがある。たとえば、ほとんどの世論調査で移民に寛容でマイノリティに同情的な人の比率は、高学歴層のほうが低学歴層よりはるかに高い。
もう一つの理由は、高学歴労働者の所得水準は比較的高いが、必ずしも資産を多くもつ富裕層ではないからだ。彼らには、伝統的に資産階級を優遇する保守政党、つまり「右派」に投票するインセンティブがない。
このようにして、高等教育の大衆化に伴い、左派政党の支持基盤が低学歴労働者から高学歴の知識労働者へと、大きくシフトしたのである。高学歴の「左派」支持者は、所得水準が比較的高いので、所得再分配にさほど関心をもたない。
彼らが関心をもつのは、リベラルな価値である。こうして現代の左派政党は知的エリートの政党に変質し、その結果として左派政党の関心も所得再分配から移民やマイノリティの問題、あるいはLGBT問題に代表されるアイデンティティ・ポリティックスにシフトした、というのがピケティの見立てである。
かつて、政治における右派と左派の対立は「もつ者ともたざる者の対立」、つまり資本家と労働者の階級対立であると考えられてきた。だが、現代では左派政党の変質により、右も左もエリートの政党になった。
ピケティの言葉を借りれば、右は資産(物的資本)を所有する「商人エリート」、左は「知的エリート」である。後者は、ヒューマン・キャピタル(人的資本)の所有者と言い換えてもよい。ドナルド・トランプとヒラリー・クリントンを思い浮かべれば分かりやすいだろう。
つまり、右派の伝統的な支持基盤はそれほど変わっていないが、左派の支持基盤が大きく変わって、ブルーカラー労働者の味方がいなくなるというエア・ポケットが生まれたのである。
事実、どの国でも、低学歴層の投票率は時を追うごとに低下している。そしてこの変化に気づいたのは、フランスでもアメリカでも、左派ではなく右派だった。マリーヌ・ル・ペンであり、ドナルド・トランプである。
もちろん、トランプの経済政策が低所得層に優しいわけではまったくない。だが、彼のレトリックはブルーカラー労働者に訴えかけるものだ。その最たるものが、「国境に壁を作る」というネイティビズム(排外主義)である。
なぜなら、移民労働力との競争に真っ先にさらされるのは低所得の労働者であって、知的エリートではないからだ。
更新:11月21日 00:05