2019年06月19日 公開
2023年02月15日 更新
これまでの道のりのすべてが順調だったわけではない。平成23(2011)年の東日本大震災の際には、酒蔵の設備が破損。
さらに、震災後に広がった全国的な自粛ムードの中で、日本酒の消費は落ち込んだ。久慈さんも親しい友人を失った。
しかし、そんな悲嘆の底にあっても、(落ち込んでいても仕方がない。自分よりもずっとひどい地獄を見ている人たちが大勢いる)と久慈さんは懸命に前を向いた。
久慈さんは「東北の食材や酒を通じた復興支援」をSNSを通じて発信。「ハナサケ!ニッポン!」と題した活動を展開して大きな話題を呼んだ。
そんな久慈さんは、今後の展望についてこう語る。
「私が大切にしている言葉の一つに『成功は次の世代が決める』というものがあります。酒蔵の使命は何かと言えば、私は『続いていくこと』だと思うんです。継続していくことが大事。
過去にしっかりとした仕事をしてくれた人たちがいたおかげで今の私たちがいます。今この瞬間の南部美人の評価というのは、これまで頑張ってくれた人たちの積み重ねのおかげです。これを次の世代に繫げていかなければならない。
そして、次の世代がさらに頑張って私を追い抜くことにより、そこで初めて私の成功が認められるわけです。私の成功は私のためにあらず。私の成功は親父の成功となります。
そして、私への評価は私の息子や孫の世代がどうするかによって決まる。目先の評価に意味はありません。息子はまだ中学生で野球に夢中になっていますが、まあこれからでしょう」
久慈さんはそう言って破顔一笑した。それはまさに南部美人の飲み心地を思わせる、爽やかで柔らかく、ごまかしのない笑顔であった。
更新:11月23日 00:05