2018年10月09日 公開
2022年08月02日 更新
聞き手:編集部 写真:吉田和本
――本書『自主独立とは何か 前編』(新潮選書)では、戦前の日本を孤立に導いた近衛文麿と、外務大臣として国際協調主義に基づく外交政策を掲げ、戦後に首相を務めた幣原喜重郎を比較しています。幣原にあって、近衛に欠けていた要素とは何でしょうか。
細谷 2人の決定的な違いは、国際情勢に対する正確な認識の有無です。
近衛は若いときから国際社会に対して敵対的なイデオロギーを有しており、英米が主導する国際秩序に不信感を抱いていました。「英米本位の平和主義を排す」と題する論文を寄稿し、日本の正義を世界に訴える必要性を声高に主張したことは有名です。
一方で幣原は、自由主義と国際協調主義を標榜し、英米との協力を重視しました。当時の国際秩序がアメリカやイギリスを中心として形成されていた以上、日本が政策決定を行なう際に英米を無視することはできない、という認識をもっていた。
外交官出身の幣原と異なり、やはり近衛には外交感覚が欠如していたといわざるをえません。第一次近衛内閣で中国に対して「国民政府を対手とせず」と声明を出したことは、硬直的な近衛の外交姿勢を象徴しています。
近衛は自らの価値観やイデオロギーに拘泥するあまり、不都合な事実を直視せず、しかし事あるごとに重要な決断を避けました。日本が取るべき選択肢はどんどん狭まっていき、次第に行き詰まって国際社会からの孤立を招いたのです。
――そのような独善的思考の例として、鳩山由紀夫元首相とドナルド・トランプ大統領の共通点を指摘しています。「友愛」を唱えた鳩山首相は国際協調を重んじる姿勢に見える一方、トランプ大統領は露骨な自国第一主義を掲げています。両者の外交姿勢は対照的なようにも見えますが。
細谷 前述の近衛と似ていますが、鳩山氏とトランプ氏は政治的信条は異なりながらも、相手国への感情的な嫌悪感から対外批判を繰り返す点で酷似しています。
鳩山氏はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)について、日本がアメリカに搾取される危機感を、アメリカ離脱後のいまも煽っています。
他方、トランプ氏は「アメリカがTPPに入れば、日本や中国に搾取される」と声高に叫び、協定から離脱しました。そもそも中国はTPPに加盟していないので、まったく現実から乖離しています。
両者に共通しているのは、自国の正義を守るため、悪意に満ちた世界から自国を遮断すべきだという、ある意味でナイーヴな世界観です。国際社会をリアリズムに基づいて理解せず、自己の一方的な感情を吐露し続ける。
こうした独善的な思考こそ、戦前の日本が国の進路を誤った原因の1つであり、それは戦後の日本でも底流においてつねに存在していたと思います。
(本稿は『Voice』2018年11月号、細谷雄一氏の「芦田均が残したリアリズム」を一部抜粋、編集したものです)
更新:11月15日 00:05