2017年10月09日 公開
2018年07月09日 更新
中国産党は革命戦争による銃口から生まれた政党であり、いまだに解放軍は国軍ではなく党の私軍だ。この軍権掌握をしっかりしないことには長期独裁はありえないし、党のレジティマシーも根拠を失う。
現在、猛烈な勢いで進められている軍制改革と軍内人事の粛清は、習近平の軍権掌握のためのプロセスだが、同時に軍の急激な改革と粛清は軍内の不満も招きやすい。旧ソ連のフルシチョフはこの点で失敗し、失脚した。
この軍内不満を解消し、また経済失速などで高まる国内の不満の矛先を解消するためには、どうすればいいか。大躍進政策の失敗をうやむやにするために毛沢東が中印国境戦争を仕掛けたように、あるいは文革後に復活した鄧小平が軍権掌握するためにベトナムに二度にわたる戦争を仕掛けたように、中国サイドが有利に終わるかたちの手ごろな戦争を求めるのが理に適う。外敵と戦い勝つことも、党の最も伝統的なレジティマシー維持の手法の1つなのだ。
そう考えると、中国が求める「手ごろな戦争・紛争」がどのあたりにあるのか、ということになる。もちろん、尖閣諸島周辺にも南シナ海にもインド国境にも台湾海峡にも火種はくすぶる。だが、国際社会が中国に大義があると認めうる戦争の可能性がもう1つある。朝鮮半島だ。
11月、ちょうど党大会が終わったあとのタイミングで米トランプ大統領が訪中したとき、もし北朝鮮への懲罰戦争に中国を誘えば、それを受けることは、決して習近平政権にとってやぶさかではないかもしれない。現行の政治局常務委員会メンバーには張徳江、劉雲山、張高麗といった北朝鮮利権に絡むメンバーがいるが、党大会後、彼らは確実に引退している。習近平と北朝鮮の指導者・金正恩とのあいだには、かつての中朝指導者間で見られたような人間関係はない。遼寧省、吉林省出身者を中心に北朝鮮利権に与かる政治家、官僚、軍人は多いが、彼らの多くは習近平の政敵である。
習近平が独裁体制に向けてどの程度基盤を固めているかはわからないが、米国からの要請という建前を使えば、国内の抵抗勢力を抑え、北朝鮮の核兵器排除のための軍事行動を起こす可能性はゼロではないだろう。習近平にとっては4つの利点がある。
①軍内のアンチ習近平派(とくに旧瀋陽軍区の北部戦区に多いとされる)を一気に排除できる。
②実戦を通じて軍権掌握が進められる。
③米国に貸しができ、たとえば韓国のTHAAD(高高度防衛ミサイル)撤去、ひょっとすると在韓米軍撤退の要求ものませることができるかもしれない。
④半島における米軍プレゼンスの排除によって、アジアにおける米中パワーバランスは一気に中国側にひっくり返る。「中華民族の偉大なる復興」目標を一歩進め、世界を米中の秩序で二分するG2時代の到来となる。
こうなれば、習近平は堂々と任期3期目を継続し長期独裁を確立できるだろう。つまり、習近平独裁が確立されるかどうかのいちばん大きな鍵を握るのは、米国・トランプ政権かもしれない。
もちろん、このようなシナリオは日本にとって望ましくはない。また、こうならない可能性のほうが当然、大きい。ただ日本としては、中国内のパワーゲームと米中周辺のパワーゲームを見据えながら、党大会を挟んで起きうる世界のパワーバランスの変化に身構えておく必要がありそうだ。
(本記事は『Voice』2017年11月号、福島香織氏の「中国が北を攻める可能性」を一部、抜粋したものです。全文は10月10日発売の11月号をご覧ください)
更新:11月22日 00:05