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山本博 酒とたばこは心の安らぎ

2017年08月01日 公開
2017年08月01日 更新

山本博(弁護士・日本ワインを愛する会会長)

画一的な日本の酒づくり

 ――ワイン以外のお酒の話では最近、日本でも一部のビール通に少量生産のクラフトビールが好まれるようになってきました。

 山本 少量生産のいわゆる「地ビール」ブームは、1994年の酒税法改正で、ビールの年間最低製造量が大幅に変えられたことにより生まれました。村おこしを兼ねて新規参入が相次ぎましたが、こうしたブームは2000年代初頭には終焉です。地ビールの進化系であるクラフトビールも似たような状況で、ほとんどがたんなるビール技師を連れてきては「適当につくってよ」でやっています。どういうビールをつくったらよいかのイメージがない人が取り組んでも、成功はしません。

 ビールは大きくいって下面発酵と上面発酵の2つに分かれます。下面発酵がいま皆さんが飲んでいるビールで、もう1つの上面発酵ビールがイギリスのエールとベルギーのビールです。もともとビールはすべて上面発酵だったのですが、生産を増やしても品質が安定するという理由で、量産ビールはほぼすべて下面発酵ビールに置き換わりました。それに対してイギリスのエールとベルギービールだけは生産者それぞれが好きな個性派ビールをつくって、客に提供しています。私もずいぶん早くから日本のビールメーカーに製造を提案したのですが、既存ビールの足を引っ張るとか、生産効率が悪いとかで聞き入れてもらえませんでした。消費者の好みが多様化したいまになって慌ててやりだしても、なかなか追い付かないんです。

 ――日本の酒造メーカーは、文化としての個性的な酒づくりには積極的ではないのでしょうか。

 山本 日本酒を見れば、一目瞭然です。日本酒には欠点がいくつかあって、まず「酸」を無視しています。日本酒が酸っぱくなるのはタブーで、おいしい酸という発想が日本酒にはないのです。酸と糖分のバランスをどう取るかがワインの宿命で、個性の源泉でもあるのですが、酸を無視した日本酒づくりにはその感覚がない。

 そして私が気付いたもう1つの日本酒の欠点は、「褒め言葉」がないこと。けなす言葉はいくつもあるんですよ。なぜそうなったかというと、大蔵省時代から滝野川の醸造試験所で検証テストを行なってきています。何百という日本酒をテストして、悪いものを落とす。だから落とすためのけなし言葉だけが発達して、褒め言葉が生まれなかったんです。

 醸造試験所の検証システムの弊害はまだあって、日本酒最大の欠点は吟醸酒をいちばんよい酒にしたことです。このシステムが小さな醸造所を元気づけて全体の品質底上げに成功したという功績は認めます。ただその半面、全国の日本酒がすべてミニ東大優等生みたいになって画一化しました。大蔵省の技官が考えるよい味に右に倣えで、やんちゃ坊主みたいな地方に根差した個性ある日本酒がなくなりました。検証システムが行き渡る前までは、吟醸酒は日本酒のワン・オブ・ゼムでしかなかったんです。それが吟醸酒だけが優れたものと決め付けることで日本酒の運命を変えてしまったのです。酒づくりの文化としては、豊かさが失われていると思います。

 ――日本独自の個性的な酒づくりや酒場文化は衰退してしまうのでしょうか。

 山本 そうは思いません。日本の国産ワインづくりについていえば、進化発展しています。日本はもともとその風土がワインづくりに向いていない国で、最大の難点は、水・湿気です。たとえばヨーロッパは冬が雨期で、夏は乾期なのに対して、日本は逆。それに加えて世界の多くのワイン産地の畑の土壌は石灰岩系である半面、火山国・日本の土壌は酸性のところが多い。にもかかわらず、外国の文明を導入して自家薬籠中のものにするのは日本人の得意技ですし、工夫と勤勉が相まって日本のワインはこの10数年で昔では信じられなかったほどの品質向上が続いています。

 また、もともとウィスキーは1年中雨が降るスコットランドでできた酒で、冬の雨と寒さと戦いながら仕事をするために1杯引っかける男たちの必需品でした。強い酒なので日本人はそのままでは飲めない。そこで考え出されたのが水割りでした。だから水割り文化があるのは、世界でも日本だけなんです。

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著者紹介

山本 博(やまもと・ひろし )

弁護士・日本ワインを愛する会会長

1931年、横浜市生まれ。早稲田大学大学院法律科修了。弁護士業の傍らワイン、フランス料理関係の著書・訳書を多数著すワインとフランス食文化の第一人者。フランス農事功労章、ザ・フレンチ・フード・スピリット・アワード人文科学賞を受賞。世界ソムリエ・コンクール審査員を長年にわたって務めたほか、フランスINAOの委託により日本におけるワインの不正表示防止の法律実務も担当した。

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