2017年04月19日 公開
2023年02月22日 更新
かつてマッキンダーに対するより根本的な挑戦を試みたのは、第1次世界大戦で海洋国家連合に叩き潰された戦間期ドイツ、そして他の海洋国家連合から2級国家扱いをされた大日本帝国の理論家たちであった。
長いあいだドイツは勢力均衡による欧州秩序のなかで統一を果たすことができなかった。統一を成し遂げたあとは、第1次世界大戦による破綻を迎えた。ドイツ人は、つねに陸上国家と海洋国家に挟まれている運命を背負いながら生き残るために、マッキンダー地政学の洞察と格闘しなければならなかった。
両大戦間期ドイツの代表的な地政学者が、カール・ハウスホーファーである。ヒトラーとの接触もあったハウスホーファーは、マッキンダーの海洋国家/陸上国家の理論を拒絶し、地域的な秩序を重視する地政学を発展させた。
フリードリヒ・ラッツェルの「レーベンスラウム(生存圏)」、ルードルフ・チェレーンが「アウタルキー(経済自足論)」の概念を受け継ぎながら、ハウスホーファーは、ドイツが生存圏を確保しつつ、ヨーロッパ地域全体を自給自足体制に置く統合地域理論を提唱した。
ハウスホーファーの考えでは、世界は4つの広域地域ブロックに還元される。アメリカ、日本、ドイツ、ソ連がそれぞれの地域秩序の主導者となり、汎アメリカ・汎アジア・汎ユーラアフリカ・汎ロシアという広域秩序が形成されるべきなのであった。ハウスホーファーはとくに日本に強い関心をもっていた。そのためアジアの盟主たる日本側にも働き掛けて、日独同盟を推進した。
当時は、アメリカが国際連盟にも加入せず19世紀以来の「モンロー主義」の国際システムを西半球世界に確立していた時代であった。そこでドイツはヒトラーが「ヨーロッパのモンロー主義」について語り、日本も「東亜のモンロー主義」について語った。ソ連が確立された「生存圏」をもっていたとすれば、あとは英・仏の国際連盟と植民地の人工的な仕組みを打破すればよい。
同じころ、地政学に触発されたカール・シュミットは『大地のノモス』を執筆し、「広域秩序」論を展開した。そこで「ヨーロッパ公法」の伝統が観察された空間は、ドイツが覇権を握るヨーロッパ大陸の空間であったといってよい。シュミットはさらに『陸と海と』も執筆し、ドイツの前に立ちはだかるイギリスやアメリカの海洋国家との地政学的な対峙関係を強く意識した議論を展開した。
ただし日本では1940年に石原莞爾が、ソ連の内部崩壊とヨーロッパの混乱を洞察し、「決勝戦」としての「世界最終戦争」は、日本を盟主とする東亜連合とアメリカのあいだで行なわれるだろうという議論を行なった。日本の視点から、地政学の議論に、さらに独自の発展を加えたものであったといえる。
ちなみに広域秩序論の傾向をもつ勢力を今日の世界で探してみると、直接的には中東のリムランドにおけるイスラム原理主義勢力、潜在的にはアジアのリムランドにおける中国の存在が際立って見えてくるだろう。
トランプ政権による地政学的な「ドクトリン」があるとすれば、それは何なのか。「アメリカ第一」主義で同盟関係を維持しながら、対テロ戦争を勝ち抜くというのは、どういうことなのか。
ちなみにトランプ大統領が地政学に造詣が深いという情報はないが、キッシンジャーと頻繁に意見交換していることは重大な点だ。ジェームズ・マティス国防長官は、完璧に地政学の論理を理解しているだろう元職業軍人である。トランプ政権と地政学理論の関係を論じることは、的外れではない。
21世紀の対テロ戦争の時代の到来にあたって、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、あたかも諸国の自由を標榜するかどうかの選択が、アメリカを盟主とする普遍主義諸国連合に加入する条件であるかのように語った。「アメリカ第一」であれば、それは修正される。
連合の加入者は、アメリカが審査し、アメリカが決定するだろう。だが対テロ戦争は続行される。それがトランプのドクトリンだ。
これは新たなマッキンダー/スパイクマン地政学の焼き直しだ。海洋国家連合は維持する。リムランドの趨勢には多大な関心を払う。ロシアとは継続的な対峙関係をもつ。ただしリムランドを支配する恐れのある運動および潜在的覇権国は、政策的対処を要する脅威と見なす。トランプ政権の政策は、おおむねこの方向で進んでいる。
もともと地政学の観点からは、世界が完全に均質化し、各地域が差異性をなくすような事態は、そう簡単には実現しない。地政学からすれば、グローバリズムか否か、という問いは意味をなさない。むしろ問われるべきなのは、マッキンダーか否か、という問いである。トランプは、修正を施したうえで、マッキンダーを選択しているように見える。
更新:11月22日 00:05