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村田晃嗣 トランプ対ハリウッド

2017年03月01日 公開
2022年07月08日 更新

村田晃嗣(同志社大学法学部教授)

メキシコの国境線をめぐる凄惨なドラマ

 多様性という意味では、性的マイノリティー、それもゲイ以外をテーマにした映画が、数多く登場するようになった。トム・フーパー監督『リリーのすべて』(2015年)は、20世紀初頭に世界で初めて性転換手術(男性から女性)を受けて亡くなったリリー・エルベの物語である。若手の実力派エディ・レッドメインが主役を力演している。

 トッド・ヘインズ監督『キャロル』(同)は、1950年代のニューヨークを舞台に、上流階級の人妻キャロルとその若い恋人テレーズの愛憎を描いている。主役のキャロルを、ケイト・ブランシェットがこれも堂々と演じている。冒頭で、レストラン地下の排水溝からカメラの視線が浮上してくる。当時の同性愛者が「クローゼット(押し入れ)」と呼ばれたように、身を潜めていなければならなかった事情を、シンボリックに示していよう。

 ジョージ・クルーニー製作・主演『マネーモンスター』(2016年)は、人気のテレビ番組「マネーモンスター」が舞台である。クルーニー演じる司会者は、ある企業の株を使った資金運用方法を紹介した。それを信じた若者は全財産を失い、拳銃を持ってスタジオに乗り込み、司会者を人質にとって、無責任な情報操作を糾弾する。じつは、その背後には、件の企業の違法行為が隠されていた。これなどは間違いなく、トランプの体現するマネーゲーム、彼を有名にしたリアリティー番組への痛烈な批判である。

 選挙中に、トランプはメキシコとの国境に壁を築くと豪語し、人気を博した。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『ボーダーライン』(2015年、原題はスペイン語で「殺し屋」)は、アリゾナとメキシコの国境線(ボーダーライン)をめぐる凄惨なドラマである。メキシコの麻薬密売組織を撲滅するため、連邦捜査局(FBI)と国防総省が協力して、国境線を越えて麻薬王とその家族までを暗殺する。もちろん、違法行為である。こうなると、ボーダーラインを越えて危険を輸出しているのが誰なのか、わからなくなってくる。

 マイケル・ムーアも、トランプ的なものに一矢を報いている。『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』(2015年)である。これをドキュメンタリーと呼べるかどうかは微妙だが、ムーアがヨーロッパ各国を歴訪し、そこでの教育制度や労使関係、女性の社会進出など、アメリカにない優れた制度を「侵略」して持ち帰ろうという話である。ちなみに、ムーアはバーニー・サンダースの熱心な支持者であった。

 そして、ローランド・エメリッヒ監督『インディペンデンス・デイ:リサージェンス』(2016年)である。1996年の宇宙人の侵略から20年が経ち、彼らが再びやって来た。しかも、はるかに大規模で。筆者は観る前から予想していたのだが、この映画のなかのアメリカ合衆国大統領はエリザベス・ランフォードという白人女性である。彼女は有能で献身的なのだが、重大な判断ミスを重ね、宇宙人の侵略に対処できない。そして、国防長官らと共にシェルター内で宇宙人に殺害されてしまう。

 そこで、20年前の英雄、トーマス・ホイットモア元大統領が再び命懸けで宇宙人に戦いを挑む。女性大統領への期待と不安である。女性大統領の挫折のあとに20年前の大統領が登場するとすれば、ヒラリーを支えるのはビル・クリントンだとも解釈できよう。また、前作で宇宙人のテレパシーを受けたため20年間昏睡状態にあった科学者と、その助手とのあいだの同性愛関係が、今回は明示されている(エメリッヒ監督はゲイで、1969年にニューヨークで起こったゲイの抗議暴動を描いた『ストーンウォール』も手掛けている)。さらに、今回は米軍と全面協力して宇宙人と立ち向かうのは中国なのである。そもそも、アメリカ映画にとって、中国はすでに巨大な市場であり資金源である。

 このように、最近の多くのハリウッド映画が、反トランプ的なメッセージを発出している。否、こうした多様性の拡大への反発が、トランプ大統領を誕生させたと見るべきであろう。

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著者紹介

村田晃嗣(むらた・こうじ)

同志社大学法学部教授

1964年、兵庫県生まれ。同志社大学法学部卒業。98年、神戸大学博士(政治学)。99年、『大統領の挫折』(有斐閣、1998年)でサントリー学芸賞、2000年、『戦後日本外交史』(共著、有斐閣、1999年)で吉田茂賞を受賞。13年4月から16年3月まで同志社大学学長を歴任し、現職。著書に『レーガン』(中公新書、2011年)など。


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