危機管理にとって重要な前提となるのは、現代の危機は多様であり、現代人は対策を立てるべき危機の種類を選べない、ということである。現代において研究者の研究対象はきわめて専門的であるがゆえに細分化されている。よって火山の専門家と台風の専門家が、そして原子力の専門家とミサイル技術の専門家、新型インフルエンザの専門家、サイバーセキュリティの専門家がバラバラに存在して蛸壺化している状態である。こうした自然科学の科学技術に基づいた専門的領域では、危機管理の前提となる知識が互いに分離して個別化している現状があるが、政府や自治体、企業において危機管理を実践する現場では、日々発生する危機の種類を選ぶことはできないのである。
政府や自治体、企業が危機管理を実践するとき、法制度や組織をマネジメントする観点からいえば、地震や台風などの自然災害も、航空機事故や原発事故などの大規模事故も、犯罪やテロリズムなどのパブリックセキュリティにおいても、戦争・紛争などの安全保障の問題についても、情報流出やサイバー攻撃などの情報セキュリティに対しても、起こりうるすべての危機に対して同等に危機管理ができなくてはならない。このように、現代社会におけるあらゆる危機に対応するための危機管理は「オールハザード・アプローチ」でなければならない。
全国の自治体と企業を対象にしたアンケート調査結果によると、自治体や企業が対象とする危機はその程度の差こそあれ、図表1のように多岐にわたることが明らかになった(福田編、2016)。まさに、自治体にも企業にも危機管理において求められているのはオールハザード・アプローチによる新しい「危機管理学」の構築であり、その素養を身に付けた人材であることがわかる。
同調査では、危機に対応するためのBCP(業務継続計画)を策定済みである自治体は27・4%、企業は57・5%にすぎなかった。また「危機管理への対策は不十分である」と回答した自治体は39・3%、企業は37・3%にのぼり、危機管理部署における人員は足りていないとした自治体は80・7%、企業は70・6%にのぼった。日本の自治体、企業において危機管理体制の構築が求められているにもかかわらず、対策も人員も不十分である実態が明らかとなった。政府や自治体、企業の現場においてこれまで欠落していたのは、危機管理において法や制度のもとに組織や人員をマネジメントする能力であり、そのために不可欠なのは法律学、政治学、社会学など公共政策に関わる社会科学の素養であり、学際的ディシプリンである。
2016年4月に開設した日本大学危機管理学部は、こうした時代背景のもとにオールハザード・アプローチによる危機管理学をカリキュラムとして実現した日本で初の文系の危機管理学部である。多様な危機に対応するためのオールハザード・アプローチによるカリキュラムを、(1)災害マネジメント領域、(2)パブリックセキュリティ領域、(3)グローバルセキュリティ領域、(4)情報セキュリティ領域の4つの領域から科目群により実現している(図表2)。そして、それらの危機に対応するための学際的ディシプリンとして、法律学を中心とした政治学、社会学など社会科学的アプローチ(学位・学士〈法学〉)により、リーガルマインドとリスクリテラシーを併せ持った「危機管理パーソン」を養成する。
更新:11月24日 00:05