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古森義久 韓国に圧倒される日本の対外発信

2016年08月01日 公開
2022年10月27日 更新

古森義久(産経新聞ワシントン駐在客員特派員)

日本人拉致事件までKEIが扱う

 ちなみに日本政府も、いまのKEIに似た対米発信機関を運営していたことがあった。外務省の主管で、「日米貿易協議会」という名前の組織だった。日本大使館とは別個の組織とし、トップにはアメリカ人の日米関係専門学者を据えていた。日米貿易摩擦の激しい1970年代から80年代にかけてのことだった。だがこの組織はさまざまな理由でうまく機能せず、廃止に至った。

 ところが韓国政府機関のKEIは明らかに成功し、ワシントンでのその存在と影響力とを着実に強めているのだ。この韓国の対米発信と日本の対米発信のギャップをとくに痛切に実感させられたのは、北朝鮮による日本人拉致事件の案件までもKEIが扱っているのを見たときだった。

 KEIは今年2月初め、「招待所・北朝鮮の拉致計画の真実」と題するセミナーを開いた。その題名の新刊書を著者のアメリカ人ジャーナリストのロバート・ボイントン氏が紹介し、米側専門家たちが討論する集いだった。

 同書は、北朝鮮による日本人拉致事件の内容を英語で詳述した初の単行本だった。事件を英語で紹介した文献は、米側の民間調査委員会の報告書などがあるが、商業ベースの英文の単行本はなかったのだ。

 ボイントン氏は数年をかけて日本や韓国で取材を重ね、とくに日本では拉致被害者の蓮池薫氏に何度も会って、拉致自体の状況や北朝鮮での生活ぶりを細かく引き出していた。また同じ被害者の地村保志・富貴恵夫妻や横田めぐみさんの両親にも接触して、多くの情報を集めていた。その集大成を平明な文章で生き生きと、わかりやすく書いた同書は迫真のノンフィクションと呼んでも誇張はない。

「何の罪もない若い日本人男女が異様な独裁国家に拘束されて、人生の大半を過ごし、救出を自国に頼ることもできない悲惨な状況はいまも続いている」

 ボイントン氏のこうした解説に対して、参加者から同調的な意見や質問が提起された。パネリストで朝鮮問題専門家の韓国系アメリカ人、キャサリン・ムン氏が「日本での拉致解決運動が一部の特殊な勢力に政治利用されてはいないのか」と述べたのが異端だった。そして、同じパネリストの外交問題評議会(CFR)日本担当研究員のシーラ・スミス氏が「いや、拉致解決は日本の国民全体の切望となっている」と否定したのが印象的だった。

 この場で私が感じた最大の疑問は、日本にとってこれほど重要な本の紹介をなぜ日本ではなく、KEIという韓国の政府機関が実行するのか、だった。日本政府は何をしているのか。ワシントンの日本大使館は何をしているのか。そんな疑問でもあった。

 

性格を変えた「ジャパン・ハウス」

 ワシントンでの日本と韓国との対米発信パワーの差は、米側の主要研究機関の活動でも顕著に表れている。主要シンクタンクの「戦略国際問題研究所(CSIS)」や「ヘリテージ財団」での韓国勢の発言は目覚ましい。

 たとえば昨年2月にはCSIが「北朝鮮の人権 今後の進路」と題する大シンポジウムを開いた。副題は「国連調査委員会報告書一周年記念」と記されていた。討議の内容は日本人拉致を含む北朝鮮の人権弾圧だった。

 この会議は日本にとっても意義は大きかったが、日本の存在がゼロだった。アメリカ政府と議会、国連代表らとともに韓国の政府代表や学者たちもパネリストとして登場し、活発に発言した。だが、日本はその存在も発言もなかったのだ。日本人拉致事件がこの会議の重要テーマの一端だったのに、日本の声は皆無だった。ワシントンでの日本の対外発信がいかに薄いのかを象徴的に示す出来事だった。

 こうした流れのなかで日本の外務省はこの春、対外発信の新たな手段と宣言して、海外三都市に「ジャパン・ハウス」という施設を新設する事業計画を発表した。すでに数百億円単位の予算を得ての計画だった。この計画は昨年から、当初は「領土問題、歴史問題など日本としてしっかり主張すべきことを主張し、日本の魅力も発信していく」という触れ込みで推進された。ロサンゼルス、ロンドン、サンパウロの三主要都市に広報施設が開設されるのだという。

 ところがいざ予算が取れたあと、この「ジャパン・ハウス」は性格を変えたようだった。外務省当局者たちは、この新施設でアニメ、漫画、和食、ハイテクなど日本の魅力を宣伝することが主眼だと言明するようになったのだ。歴史や領土という課題はそこではとくに提起する方針はない、というのである。そうなると対アメリカ発信の場合、これまでロサンゼルスの「日本文化センター」が実施してきた「かわいいお弁当の作り方」展示会の域を出ないこととなる。

 外務省の年来の事なかれ主義の継続ともいえよう。ただし今回の「ジャパン・ハウス」構想では、事前にはいかにも歴史や領土についての対外発信をする必要が高まったからこの構想の実現が欠かせないのだ、という趣旨の説明を外務省代表たちはしていた。私自身も担当官たちからその旨を直接に聞かされた。

 このような外務省の体質が長年、続いたからこそ慰安婦問題での「強制連行説」の虚構が国際的に大手を振るようになった経緯はもう実証済みである。その日本式の消極性姿勢を端的に表すのが、いまのワシントンでの韓国に比べてあまりにお粗末な日本政府の対米発信ぶりだといえよう。

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