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古森義久&ジェイソン・モーガン なぜ慰安婦問題に対する対日批判が後退しているのか

2015年07月05日 公開
2024年12月16日 更新

古森義久(産経新聞ワシントン駐在客員特派員),ジェイソン・モーガン(フルブライト研究者・ウィスコンシン大学大学院)

 

知られざるアカデミズムの言論弾圧

日本の抗議が「言論弾圧」?

 古森 アメリカの歴史学界に「新風」が吹いた、といっていいでしょう。ジェイソン・モーガン氏は現在、ウィスコンシン大学の大学院で博士課程に在籍する日本史研究者です。モーガン氏の名が知られるようになったきっかけは、アメリカの教科書における慰安婦の記述でした。米マグロウヒル社の教科書が「日本軍が組織的に20万人の女性を強制連行した」という虚構をもとに、「日本軍は慰安婦を多数殺した」「慰安婦は天皇からの軍隊への贈り物だった」という根も葉もない誤記をしたのです。

 モーガン それはまったく事実ではありません。

 古森 当然、日本の外務省はマグロウヒル社の教科書内容に対して記述の訂正を求めました。ところが、訂正の求めが拒否されたのみならず、アメリカの歴史学者19人――のちに20人となりましたが――が、日本側の抗議を「言論弾圧」として非難する声明を出したのです。

 モーガン氏は歴史学者19人に対し、次のような点を指摘して反論を述べました。
 

▽19人の声明は慰安婦に関する日本政府の事実提起の主張を言論弾圧と非難するが、非難の根拠となる事実を明示していない。

▽「20万人強制連行説」の唯一の論拠とする研究を行なった吉見義明氏(中央大学教授)自身が、強制性の証拠がないことを認めている。

▽アメリカの研究者も依拠したことが明白な『朝日新聞』の誤報や吉田清治氏の虚言が発覚したことを一切無視することで、歴史研究者の基本倫理に反している。

▽慰安婦問題の事実を提起する側を「右翼」「保守」「歴史修正主義(historical revisionism)」などという侮辱的なレッテル言葉で片付け、真剣な議論を拒んでいる。

▽日本政府の動きを中国などの独裁国家の言論弾圧と同等に扱い、自分たちが日本の政府機関からの資金で研究をしてきた実績を無視している。

 戦後70年を経てなお、われわれ日本人の喉元に突き刺さっている棘が慰安婦問題です。今年5月4日、アメリカの日本研究者ら187人が安倍晋三首相に対して「偏見のない(過去の)清算をしなければならない」と、あたかも属国の首相に説教をするかのような声明を出しています。この声明は、慰安婦問題で長年、日本を批判してきたアレクシス・ダデン氏(コネチカット大学教授)を中心にして作成され、ハーバード大学のエズラ・ボーゲル名誉教授やイギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのロナルド・ドア元教授という長老格や新進の日本研究学者や専門家が署名に名を連ねています。

 もっともこの声明は明らかに数で圧倒しようという意図が露骨で、日本在住のアイルランド人フリー記者、在米の日本人性転換者支援活動家、あるいは中国系、韓国系学者なども動員して署名者を水増ししています。

 慰安婦に関してはモーガン氏も指摘したように、日本軍が組織的に20万人もの女性を強制連行した証拠はどこにもありません。にもかかわらず、たとえばマイク・ホンダのような議員が中国・韓国系支援団体から物心両面にわたるサポートを受けつづけ、慰安婦問題を日本の国家犯罪だとする飽くなき対日非難を続けている。半面、事実の検証を踏まえた日本側の反論は表向き、アメリカに届いていないように映ります。その背景と理由について今回、アメリカのアカデミズムの状況を知るモーガン氏と話し合いたいと思います。

 

日本軍への称賛

 古森 まず、あらためてあなたが日本を冷静な目で見るようになった経緯を話してもらえますか。

 モーガン 私が日本に関心をもった一つのきっかけは、祖父にあります。私の祖父はアメリカ海軍に入り、太平洋戦争で日本軍を相手に戦いました。終戦後も1年ほど日本に滞在しています。

 祖父の口からよく、「日本軍は敵ながら見事だった」という話を聞きました。祖父は太平洋戦争中、航空母艦プリンストン(Princeton)とボノム・リシャール(Bonhomme Richard)に乗り、日本兵の戦いぶりを目の当たりにしました。劣勢に追い込まれ、もはや勝つ見込みがないにもかかわらず、絶対に諦めずに立ち向かいつづける姿に、称賛の念を覚えたのです。もし自分が日本の側だったなら、やはり同じように戦っていた、とも話していました。また祖父は「太平洋戦争はアメリカにとって不必要な戦いだった。ドイツとの戦いは必須だったが、日本と戦争をすべきではなかった」と固く信じていました。

 一方で私自身は大学時代、どちらかといえば左寄りの思想をもっていました。多くのアメリカ人と同じように、日本は軍国主義に染まった悪の国であり、東京裁判は正しい裁きである、と思っていたのです。ところが大学を卒業して間もなくアイリス・チャンが書いた『ザ・レイプ・オブ・南京』を読んだとき、私のなかで不思議なことが起こりました。私はこの本の中身そのものには疑いを抱きませんでしたが、本書をめぐる批評をいくつか読むにつれ、漠然と「何かおかしい」と感じはじめたのです。その後、私はハワイ大学の大学院で中国史の研究を行ないましたが、学界における日本への見方はやはり画一的で、日本を軍国主義の悪者と見なす主張以外は見当たりませんでした。

 そこで私は、東京裁判について詳しく調べてみることにしました。戦犯日本人の無罪を訴えたラダ・ビノード・パール判事の陳述書を読み、「彼の語る論旨は過激でもクレイジーでもない。むしろ西欧の法概念や知識に基づいた正しい判断なのではないか」と感じはじめたのです。

 加えて当時、田母神俊雄・元航空幕僚長の発言(「日本は侵略国家であったのか」など)に接して、感銘を受けました。田母神氏の主張を先のパール判事の述べたことに照らして、「自分の意見と同じである」という結論に至ったわけです。

 古森 それは面白い。興味深い経緯ですね。

 モーガン もちろん私も、田母神氏の主張に反対する人たちが多いことは知っています。ところが驚いたのは、早稲田大学で田母神氏が講演を行なったときのことです。一見、過激な田母神氏のスピーチに対してヤジの一つも起こりそうなものなのに、会場の誰一人として、講演を邪魔する気配がない。自分と異なる意見に対して寛容な姿勢は、アメリカの大学にはないものです。

 古森 あとで詳しく論じますが、アメリカの歴史学、なかでも日本研究に関するアカデミズムは想像以上に大きな問題を抱えています。あなたは現在の歴史問題について、どのような感想をもっていますか。

 モーガン 二つの点について、お話をしたいと思います。第一は、古森先生がおっしゃった歴史問題へのアメリカの学術研究者の対応です。第二は、今年の4月29日にアメリカ議会の上下両院合同会議で安倍晋三首相が行なった演説についてです。

 第一の点について、アメリカの歴史学者は、日本の古森先生や平川祐弘先生(東京大学名誉教授)、小松啓一郎先生(元英国通商産業省・上級貿易アドバイザー、在英Komatsu Research & Advisory代表)が行なってきた太平洋戦争や慰安婦に関する研究を無視し、もっぱら日本を非難しようとする政治的意図から、慰安婦問題を語っています。歴史の事実に関する真摯な議論を避けているのです。

 先日、私はセントラル・ワシントン大学(Central Washington University)で開かれた歴史認識に関するシンポジウムに参加しました。日本にいたためビデオでコメントを述べたのですが、シンポジウムに事実に基づく議論が一切ないことに当惑しました。じつは同じ日に、CWUではシンポジウムが二つ開催されました。私が参加させてもらったのは、ちゃんとしているシンポジウムで、たくさんの事実が述べられていたと思いますが、CWUの他の教授が突如、われわれのシンポジウムに抗議するため自分のシンポジウムを開いて、できるかぎりわれわれのシンポジウムに干渉しようとしました。さらに慰安婦問題の事実を提示した報告者に対して、女性の権利の侵害や「歴史修正主義」という観点から、次々と抗議が集中したのです。いうまでもなく、このようなレッテル貼りは、歴史の事実を真面目に議論することを妨げることにつながります。私にはとても理解できませんでした。

 古森 アメリカ人の対日歴史認識批判のなかには「Denier」という言葉も散見されます。直訳すれば「否定する人」、つまりナチスによるホロコーストを否認する者(Holocaust Denier)という意味です。日本をナチスと同一視するという信じ難い風潮が、世界に冠たるアメリカの歴史学界で広がっている。いったいなぜなのでしょうか。

 モーガン アメリカの学界では、特定の教授の指導のもとで、歴史問題に関する対日批判が行なわれています。女性の人権を訴え、日本の「歴史修正主義」を糾弾するEmi Koyama(エミ・コヤマ)という活動家や、慰安婦のストーリーを生徒に演劇で再現させるような教師もいます。授業の一環として慰安婦の境遇の悲惨さを劇で再現し、台詞を読んだ生徒は涙を流すと聞きます。これは感情に訴えた情緒的な手法です。しかしそれは、事実に基づいて歴史を分析する学問的な態度とはかけ離れたものです。

 古森 慰安婦問題で今回、マグロウヒル社の教科書に虚偽の記述を書いて日本側から抗議を受けたハーバート・ジーグラー氏(ハワイ大学准教授)は、日本の抗議を「学問や言論の自由の弾圧」として反撃してきた19人のうちの1人です。しかし彼らのような学者のほうこそ、じつは米側の少数派の歴史研究者、そして日本側の歴史学者たちに対し「言論弾圧」をしているのです。

 日本人があまり知らないアメリカの大学の制度に、テニュア(Tenure)というシステムがあります。大学教員の終身在職権のことで、研究者を一定期間の任期で採用し、任期中の論文や授業の業績、パフォーマンスを審査する。合格者だけに雇用保証を与えて終身雇用を行なう制度です。つまりテニュアを与える。しかし仮に審査担当の教授の思想に反するような研究や発言をしていると、評価が落ちて終身在職権が得られなくなってしまう。

 じつはアメリカは日本以上にアカデミズムの上下関係が厳しく、学問の自由が束縛されているのです。だからモーガン氏のように、博士課程の段階で慰安婦問題に関して発言をすること自体、よほどの勇気と信念がなければできません。

 モーガン 私はこれまで4年ほど、アメリカの学界で少数派の立場から自説を主張してきました。将来、二つの道が考えられると思います。一つは、大きな困難を承知でアカデミズムに踏みとどまる道です。終身在職権を得るまで頭を低く垂れ、それでも事実関係を重視する学問の態度はあくまでも捨てない。もう一つは、アカデミズムの世界から離れてシンクタンクやメディアで自らの意見を発表する道です。

 いずれにせよ、アメリカの大学における歴史研究の自由に対する圧力はきわめて強い、といえます。

※本対談でのモーガン氏の見解は個人のものであり、フルブライトの意見を代表するものではありません

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