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古森義久 韓国に圧倒される日本の対外発信

2016年08月01日 公開
2022年10月27日 更新

古森義久(産経新聞ワシントン駐在客員特派員)

「文化」の名にも値しない

 日本政府にその種の日本側の国益の核心に絡むメッセージをアメリカに向けて発信する他の機関があるのならば、JICCの映画館化もまだ弁解が立つだろう。だが、そんな機関は存在しない。実情はむしろ逆なのだ。アメリカ側に向けて日本の発信をする他の公的機関は、エンターテインメント志向にもっと徹しているからである。

 ロサンゼルスとニューヨークにはそれぞれ「日本文化センター」という機関が存在する。ともに日本の独立行政法人の「国際交流基金」が運営する対米発信拠点である。同基金は外務省の事実上の管轄下にあり、対外的な文化芸術交流や日本語教育の普及を任務とする。だが、そのほかに「日本研究・知的交流」という目的もあり、「日本と海外の人々の間で対話する機会を作ることで、日本の対外発信を強化する」と謳われている。たんに狭い意味の文化にこだわらず、政治や外交も含めての日本からの広範な発信もする、ということだ。

 だがアメリカで「ロサンゼルス日本文化センター」の活動を見ると、あまりにも軽い。日本語普及の「みんなでしゃべろう!」というプログラムはまだしも、「かわいいお弁当の作り方」「おにぎりで世界を変えよう」「折り鶴の見本」というような通俗な「発信」ばかりである。その他はお決まりの映画とアニメの連続となっている。

 これでは「文化」の名にも値しない。ほんの少しでも日米間の「知的交流」を思わせる対米発信があってよいと思うのだが、まったく見当たらない。日本にとってのいま懸案の外交課題や、日本が国として対外的に知らせたいテーマにわずかでも関わるような行事はゼロなのだ。

 だからこそ政治の首都ワシントンにある前述のJICCが、日本の国家としての主張や情報をアメリカに向けて少しは発信すべきなのだが、それもまたないのである。

 

韓国の洗練された対米発信

 では、同じワシントンでの韓国の対米発信活動の状況を報告しよう。韓国を日本との比較の対象に挙げるのは、両国がともにアメリカの同盟国である一方、互いに利害の衝突があるからである。周知のように韓国は日本の領土の竹島を不当に軍事占拠している。まず領有権での衝突があるわけだ。また、慰安婦問題をはじめとする歴史認識でも日韓両国は衝突してきた。

 こうした衝突部分の状況は超大国のアメリカの対応に大きく影響される。アメリカが日韓両国それぞれの主張や態度をどう見るかがつねに重要となってくるわけだ。アメリカの理解や賛同を取り付けたほうが有利になる。だからそのアメリカに向かってどんな発信をするかは、日韓両国にとっていつも重要なのである。

 この点での日韓両国の対米活動は一種のゼロサム・ゲームだともいえよう。相手が得点を上げれば、それだけこちらの失点になるような相関関係があるわけだ。だからこそ韓国の対米発信の実態を知ることには二重三重の意義がある。

 韓国政府の対アメリカ発信の主役は「アメリカ韓国経済研究所(KEI)」である。韓国は官民全体としても、アメリカへの広報や宣伝は日本のそれよりもずっと積極的で大規模だといえる。実際の対米発信の作業はあくまで韓国の政府が主体となり、ワシントンの在米韓国大使館や民間団体をも使う。だがその具体的な広報や情報の活動となると、中心になって動くのがこのKEIなのである。

 ただし韓国には、対米発信では日本にない大きな武器がある。それは合計170万人とされる在米韓国人、韓国系アメリカ人の存在である。韓国系アメリカ人は国籍はアメリカだから、韓国政府の指示で必ずしも動くとは限らない。だがそれでもなお韓国を祖国と見なし、その利益のためには協力し、献身するという人たちも多い。韓国政府はアメリカの政府や議会への働きかけでは、この韓国系アメリカ人の存在に依存できる場合が多いのである。

 だが対照的に、日本は対米発信で日系アメリカ人に依存することはできない。日系アメリカ人には日米戦争のせいもあって、日本のために動くという意識がまずないからだ。

 こうした韓国の対米発信の全体図を背景として踏まえたうえで、主役のKEIの具体的な活動を報告しよう。以下はすべてこの数カ月間のイベントだった。

「下院外交委員長エド・ロイス議員に米韓関係の現状を問う」(議会の東アジア政策を扱う中枢のロイス議員にKEI代表が質問し、討論する)

「韓日両国間の価値観のギャップを克服するには」(KEI代表の二人の専門家が全米規模のシンポジウムでこのテーマについての意見を発表する)

「米韓同盟と経済協力の強化策を論じる」(KEI主催のシンポジウムで米側の専門家9人を3つのパネルに分けて発表と討論をする)

「2016年の韓国の国会議員選挙結果を分析する」(米韓両方の専門家たちが公開討論の形で同選挙結果の米韓関係への影響などを論じる)

 以上の行事を紹介しただけでも、すでに日本政府の対米発信とは根本が異なることが明白だろう。KEIは韓国やアメリカ、そして日本もが直面するそのときの重要課題を正面から取り上げ、論じるのだ。その論じるプロセスでは、韓国政府の主張やアピールが底流として盛り込まれている。アメリカ側への直接の訴えとか要請という露骨なかたちを取らない、洗練された対米発信なのである。

 この種の行事を毎週のように主催するKEIは、表面的には韓国政府の対アメリカPR、働きかけの機関というよりも独立したシンクタンクのようにさえ見えてくる。ところが実態は間違いなく韓国政府の対米発信機関なのである。だからワシントン駐在の韓国大使の安豪栄氏はKEI主催のイベントに頻繁に登場し、熱心に発言する。安大使はアメリカ勤務を重ねた知米派外交官で、きわめて雄弁である。

 KEIは1982年に韓国政府によって創設された。資金はすべて韓国政府からなのだ。その公式の目的は「米韓両国間の経済、政治、安全保障に関する対話と理解を促進する」こととされていた。まさに韓国政府による対米発信機関なのである。ワシントンでの一般の研究機関とは異なり、KEIはアメリカ司法省に「外国代理人」として登録されている。外国政府、つまり韓国政府を代弁してアメリカ国内で活動する機関であり、その活動資金も韓国政府から提供されると明記されている。

 KEIのオフィスはワシントン市内中心街のビル内の一角にある。一般の事務所のほかにかなり大きな会議室などを備えてはいるが、独立した建物の構えを有する「日本情報文化センター」よりは小規模で控えめである。だが活動内容となると、大人と子供の違いがあるのだ。

 しかもKEIは韓国政府の機関ではあるが、所長はアメリカ議会の前下院議員ドナルド・マンズロ氏である。つい最近まで下院外交委員会のアジア太平洋問題小委員会の委員長などを務め、アジアには詳しい政治家だった。副所長はこれまたアメリカ人の元外交官マーク・トコラ氏である。同氏は国務省の外交官としてアジアへの関わりが長く、韓国のアメリカ大使館の次席だったこともある。こうしたアメリカの「顔」がKEIのアメリカ側への受け入れを一段と広く深くしているといえよう。

 私もじつはKEIにはよく出かける。その主催する討論や報告がニュースとするにふさわしい斬新な情報を含むことが多いからだ。

 最近でも「中国人民解放軍が北朝鮮をどう見るか」というテーマの研究発表があった。米側の若手研究者の発表だった。

 その会合に出ると、所長のマンズロ前議員がわざわざ私の席まで来て自己紹介をしながら歓迎の意を表してくれた。副所長のトコラ氏とも別の会合でかなりの時間、話をしたことがある。いずれも韓国政府の主張を代弁するという態度を感じさせず、米韓関係の改善に努めたいという印象だった。韓国政府側からすれば、きわめて効果的な対米発信の成果ということになると感じた。

 

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