2015年07月30日 公開
2023年01月12日 更新
――そうした頭脳労働に秀でたエリートがいる一方、ドイツで技術職の人気が芳しくない、と聞きます。
(川口)ひと口に技術職といっても、職人、熟練工といった職人系の技術者と、専門学校や大学で学んだ高度な技術者に分かれます。
たしかに最近は、職人系の人気が下火ですね。昔は、職人の頂点であるマイスター(親方)になる道はドイツ人にとって誇りでした。だから車好きの男の子は、修業を積んで、自動車整備工になり、最後はマイスターになるのが夢でした。そういう子が、まずC校で真面目に勉強した。
ところが近ごろは、車の下で油まみれで作業をするより、コンピュータの前で仕事のできるエンジニアになりたがる傾向が強い。
とはいえ、いまもドイツがものづくりで生きる国であるという現実は動きません。先進国のなかで、製造業で真っ当に生計を立てることができる国はもはやドイツと日本ぐらいでしょう。
アメリカにしてもイギリスにしても、お金を右から左に動かして利ざやを稼ぐような金融業で支えられた国になっています。
――最近はモノの貿易に加えて利子や投資の配当からなる「所得収支」がクローズアップされていますが、ドイツは相変わらずモノの輸出も好調のようですね。
(川口)昨年7月、ドイツは過去最高の貿易黒字(222億ユーロ)を達成しました。それだけではなく、財政収支も2015年度に黒字になる見込みです(2014年7月10日発表「中期財政予測」より。2014年度はまだ40億ユーロの赤字だが、2015年度に30億ユーロの財政黒字になる見通し)。
ドイツ政府の国債発行ゼロという現象は1969年以来、46年ぶりのことで、ショイブレ財相は記者会見で財政の黒字化を誇らしげに語りました。理由は、ひとえに歳出の引き締めによるものです。
ところが野党が批判するのは、いまのドイツは目先のプライマリーバランスの達成と引き換えに、緊縮財政を行なうことで将来の世代にツケを回している、ということです。
――わが国とは真逆の視点からの政権批判ですね(笑)。
(川口)野党のいうことにも一理あると思うのは、いまドイツでは歳出を削るあまり、道路は凸凹だらけだし、学校も市役所もオンボロ、鉄道の線路は老朽化し、オペラの演出はみすぼらしいわ、温水プールの水は冷たいわと散々です。また国としては赤字ゼロでも、地方自治体が債務を抱える構図は変わっていません。
――冒頭の子育てに話を戻しますが、3人のお子さんを育てられたなかで、最も大きな発見、気付かれた点は何でしょうか。
(川口)私が子育てをして気付いた最も大きな点は、「子育てというのは絶対、自分の思いどおりにはならない」ということです。
それまで人生を歩んできて、運、不運はあったにせよ、自分の努力や意思によってある程度は物事を動かすことができた。人生は自分次第で何とかなる、と考えていました。
ところが、子供が生まれて気付いたのは「これはもう、どうしようもないな」と(笑)。いくら努力しようと、自分は目の前のわが子を泣きやませることすらできない。子供が多少、大きくなってからも、基本的には同じでした。
3歳にもなればそれなりに性格の違いも出てくるし、長女に対してよかったことが、次女にも当てはまるとは限らない。三女は、また違う。「世の中、思いどおりにならないことがある」という至極当然のことを肌で感じたことが、私の人生にとって最大の収穫です。
おかげさまで、以前より謙虚になりました。
私は自分の子供ができたとき、育児書の類を読みませんでした。「自分の子育てぐらい、思ったとおりにやりたい」と考えたからです。結局は、いま申し上げたように、思ったとおりになどならなかったわけですが、それでも、自分の好きにやれたのはよかった。
そもそもこうした発想をもてたのは、私がドイツにいたからかもしれません。もし日本で自分なりの子育てをしようと思ったら、おそらく大きな摩擦や壁があったでしょうから。
以前にも書きましたが(WEB『現代ビジネス』「シュトゥットガルト通信」2012年9月28日号)、ドイツでは、出産前も出産後も検診費が無料です。18歳までの子供に関する医療もすべて無料。
なぜかといえば将来、私たちが受給する年金や医療費は、そのときの勤労者、つまり現在の子供や若者が支払うことになるからです。
子供が生まれなければ社会が立ち行かなくなると知っているので、ドイツでは子供を産み、育てる人に対して手厚い保護があります。
そういう意味では、昨今の日本で、妊婦の蔑視や、「ベビーカーで電車に乗るのは迷惑だ」という意見が横行するのは看過できません。ベビーカーに子供を乗せて電車で移動するのは、やむにやまれぬ事情があるからです。好きこのんで混雑した電車に乗りたい人がいるわけはないでしょう!
親は「勝手に子供を産んだ」けれど、生まれてきた子供は親のものではなく、自動的に社会福祉に組み込まれ、いずれすべての老人を支えていく運命なのです。
ベビーカーの乗車や泣きわめく子供を迷惑だというなら、せめてその人は将来、年金も、医療費も放棄すると宣言してから物をいってほしい。本当に腹が立ちます。本書では日本の良さ、そしてドイツの良さを書きました。その一長一短を読者に気づいてほしい、と思っています。
更新:11月23日 00:05