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2014年に日本が注視すべきグローバルなリスク 10

2014年01月06日 公開
2023年09月15日 更新

PHP総研グローバル・リスク分析プロジェクト

共振する中東秩序の再編と エネルギー市場の地殻変動

 多くの地域諸国がいまだ米国の関与に期待している東アジア以上に、米国の覇権の希薄化が顕著なのは中東から南西アジアにかけての地域である。なんといってもシリア問題での中途半端な対応は、大量破壊兵器使用のようなレッドライン越えがあってすら米国は介入をためらうというシグナルを送ることになった。そうでなくてもこの地域では、イラクからの撤兵、アラブの春への対応、そして2014年末までに予定されるアフガンからの撤収で、米国の影響力は著しく衰微しており、それがこれらの地域の混迷の背景をなしている(リスク6、リスク7)。

 米国のアジアから中東へのピボット(軸足移動)を懸念する声もあるが、憂慮すべきは、オバマ政権の全般的な不介入傾向であろう。欧米の中東依存度が低下しているのに対して、東アジア、特に日本、中国、韓国という北東アジア諸国にとって中東からのエネルギーは生命線である。中東諸国にとっても、貿易相手国としての東アジアの重要性は増しており、言わば「東アジア=中東複合体」が生起しつつある。そうした中で、米国が中東でのプレゼンスを減退させることは、東アジアにおける影響力衰退にもつながりうる。たとえシェール革命の恩恵で米国の中東依存がさらに低下したとしても、米国の世界経営の観点から見た中東の重要性は引続き高いのである。

 シェール革命の影響として、伝統的なエネルギー・パワーであるロシアとアラブ世界が米国に対抗して連携することを警戒する向きもあり、その蓋然性はおくとしても、この地域での友敵関係には大幅な組み換えが起こる気配があることは確かである。たとえばロシアやフランスの中東外交活性化などはその表れである。中でも最も注目すべきはイランをとりまく情勢の変化である。イランの新政権誕生にシリア問題が重なったことで、米国にとってイランと取引する戦略的機会がうまれた。米国の対イラン外交は劇的な展開をみせ、2013年11月、イラン核開発をめぐってP5+1の間で6カ月の暫定合意が成立した。米・イラン関係の改善は、失態続きのオバマ大統領にとっての逆転ホームランとなるばかりではなく、地域のパワーバランスを大きく変える可能性を秘めている。無論、サウジやイスラエルの猛然たる抵抗を抑え込むのは容易ではない。サウジの国連非常任理事国選出拒否などは抗議表明としてはまだまだ序の口であり、追い詰められたサウジやイスラエルがどう出るか、全く予断を許さない。イラン核開発問題の決着の仕方によっては核不拡散体制への影響も大きい(リスク9)。

 目が離せないのは国家関係の流動化だけではない。本レポート2013年版でリスクのひとつに挙げた「武装民兵の春」は全く収束の気配がなく、中東や南西アジアにとどまらず、中央アジア、コーカサス、アフリカにかけての広い地域を覆うことになりそうである(リスク6、リスク7、リスク8)。来年は2月のソチ五輪、4月のアフガン大統領選挙、イラク国民議会選挙など、テロの対象になりそうなイベントも目白押しである。武装民兵の春が湾岸地域に及ぶ最悪のシナリオを含めて、細心の注意を払って変化の兆しをとらえていく必要がある。

 

【代表執筆者】

池内 恵(いけうち・さとし) 東京大学先端科学技術研究センター准教授
1973年生。東京大学文学部イスラム学科卒。同大学総合文化研究科博士課程単位取得退学。専門はイスラーム政治思想、中東地域研究。著書に『現代アラブの社会思想-終末論とイスラーム主義』(講談社)、『アラブ政治の今を読む』(中央公論新社)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社)。『フォーサイト』(ウェブ版、新潮社)で連載「中東 危機の震源を読む」とブログ「中東の部屋」を担当。

柿原国治(かきはら・くにはる) 航空幕僚監部人事教育部人事計画課長 1等空佐
1964年生。防衛大学校卒、筑波大学院地域研究修士、米国防大学国家安全保障戦略修士。財団法人世界平和研究所主任研究員等を経て現職。著書に、『弾道ミサイル防衛入門』(金田秀昭著、執筆参加、かや書房)、「対中戦略のあり方-中国との付き合い方の原則」、「朝鮮半島問題の地政学的分析と我が国の対応-北朝鮮の核・弾道ミサイル脅威へ如何に対処すべきか-」等(いずれも世界平和研究所発行)。

金子将史(かねこ・まさふみ) 政策シンクタンクPHP総研主席研究員
1970年生。東京大学文学部卒。ロンドン大学キングスカレッジ戦争学修士。松下政経塾塾生等を経て現職。外交・安全保障分野の研究提言を担当。PHP総研国際戦略研究センター長を兼任。著書に『日本の大戦略-歴史的パワー・シフトをどう乗り切るか』(共著、PHP研究所)、『パブリック・ディプロマシー』(共編著、PHP研究所)、『世界のインテリジェンス』(共著、PHP研究所)等。「国家安全保障会議の創設に関する有識者会議」議員等を歴任。

菅原 出(すがわら・いずる) 国際政治アナリスト
1969年生。アムステルダム大学卒。東京財団研究員、英危機管理会社勤務を経て現職。著書に『外注される戦争』(草思社)、『戦争詐欺師』(講談社)、『秘密戦争の司令官オバマ』(並木書房)等がある。国際情勢を深く分析する有料メールマガジン「菅原出のドキュメント・レポート」(週1回発行)が好評を得ている。

林 伴子(はやし・ともこ) 東京大学公共政策大学院客員准教授
1965年生。東京大学卒、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)経済学修士号。主な著書に、『マクロ経済政策の「技術」-インフレ・ターゲティングと財政再建ルール』(日本評論社)、『インフレ目標と金融政策』(共著、東洋経済新報社)、『世界金融・経済危機の全貌-原因・波及・政策対応』(共著、慶應義塾大学出版会)、『世界経済読本』(共著、東洋経済新報社)。

保井俊之(やすい・としゆき) 慶應義塾大学大学院システムデザインマネジメント研究科特別招聘教授
1962 年生。東京大学教養学科卒。国際基督教大学博士(学術)。政策研究大学院大学客員教授を兼務。著書に『「日本」の売り方-協創力が市場を制す』(角川one テーマ21 新書)、『中台激震』(中央公論新社)、『体系 グローバル・コンプライアンス・リスクの現状』(きんざい、共著)等。日本コンペティティブ・インテリジェンス学会論文賞を2010・11 年度、2012年度日本創造学会論文誌論文賞をそれぞれ受賞。

 

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