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2014年に日本が注視すべきグローバルなリスク 10

2014年01月06日 公開
2023年09月15日 更新

PHP総研グローバル・リスク分析プロジェクト

米国金融政策動向に振り回される新興国経済

 BRICsというフレーズに代表されるように、21世紀初頭は目覚ましい経済成長を背景にした新興国の台頭を特徴とする時代であった。しかし、先進国に復活の兆しがみえるのとは対照的に、ここへきて新興国経済には減速が目立つ。コモディティ価格の値下がりにより、ロシアやブラジル、インドネシアといった資源・食糧輸出に頼る国々の経済は暗礁に乗り上げている。軽工業品輸出や加工貿易に依存する新興国は、経済成長に伴って賃金が上昇する一方、技術力や労働生産性は向上が十分ではないため、輸出競争力の低下に悩まされている。

 こうした構造的背景に加え、2014 年は米国の金融政策動向が、新興国経済の行方を左右するだろう(リスク2)。近年の新興国ブームの背景には先進国、とりわけ米国の緩和マネーの存在があったが、2013年12月、連邦公開市場委員会(FOMC)は、2014年1月からの量的緩和縮小を決断し、加えて、今後の経済状況が許せば「さらなる慎重な歩み(further measured steps)」により資産購入ペースを縮小するだろうとの見通しを示した。量的緩和策の修正は、新興国から米国にマネーを逆流させることになる可能性が高い。

 とりわけ、経常収支が赤字でインフレ傾向の新興国は、経常赤字をファイナンスすることが難しくなる上、通貨下落によりインフレに拍車がかかり、緊縮政策をとらざるをえなくなる。2014年には4月にインドネシアで総選挙、7月に大統領選挙、5月までにインドで総選挙、8月にトルコが大統領選挙と重要新興国が選挙を迎えるが、これらの国々はまさにインフレ懸念、貿易収支赤字国でもある。有力新興国のうち、ブラジルでも10月に大統領選挙が行われる。選挙イヤーにおける政治の不安定性に米国の量的緩和政策の修正が重なると、これらの国々の経済の脆弱性は一気に高まり、しかも適切な経済政策をとることが政治的に難しいかもしれない。通貨をドルに連動しているベトナムや香港なども、量的緩和縮小のあおりをうけ、通貨高による輸出競争力低下やドル売り介入を余儀なくされるだろう。対中ヘッジに不可欠のパートナーであるインド、インドネシア、ベトナム、そしてインフラ輸出や中東政策における橋頭堡の1つであるトルコといった戦略的重要性の高い新興国が、米国の緩和縮小に脆弱な国々であるという点は2014年の日本にとって見逃せないポイントである。

 新興国代表ともいえる中国は経常収支黒字国であり、金融緩和縮小の直接の影響はそれほど大きくなさそうである。むしろ中国にとっての問題は主として内在的なものである(リスク3)。中国は、余剰農業労働力が枯渇して、産業間シフトによる生産性上昇がみられなくなり、他方で工業労働者の賃金上昇により輸出競争力が失われる「ルイスの転換点」にさしかかっており「、中進国の罠」に陥りつつある。さりとて都市化によって内需中心の経済構造への転換を進めようとすると、格差が増大し、社会不安につながる可能性が高い。加えて、国営企業が経済を支配する国進民退の傾向が強まり、非効率や腐敗がまかり通っているため、先進的なイノベーションを起こせるような段階に達しているようにもみえない。経済成長の鈍化は、経済成長とその果実の分配をレゾンデートルとしてきた中国共産党統治を揺るがしかねないが、思い切った国内改革に向かうには集団指導をとる習近平体制の指導力は十分強力ではない。国内の不満が臨界点を超える前にその矛先を国外に向ける誘惑が強まるかもしれない。

 

『協争』 の東アジア

 先に述べたように、ここへきて先進国に復活の兆候があり、新興国の勢いが鈍化する傾向がみえている。しかし、主要新興国、中でも中国は、国際秩序に挑戦するだけの力をすでに備えている。無論、かつての米ソ関係と異なり、現在の米中関係、そして日中関係は経済面では相当程度相互依存しており、政治面では対立含みながら、協調の必要性も認識する、という関係である。中国の既存秩序に対する態度も、不都合な部分には異議をとなえつつも、都合のよい部分にはフリーライドするというものである。米中関係は協力一辺倒でも競争一辺倒でもない「協争的(coopetitive=cooperative + competitive)」な関係といえる。

 パワーシフトの進度には波があるにせよ、米国が卓越した覇権を再確立したり、国内の混乱などによって中国が決定的に劣後したりということにならない限り、米中関係のこうした基本構造には当面変化はあるまい。

 こうした中では、米中の互いに対する関係は、協調を模索しながらも、利害の対立が生じた際のために保険をかけるという「関与とヘッジ」が基本とならざるをえない。そして関与の面とヘッジの面のどちらが強く出るかはその時々の状況で決まってくる。その他の国々についても、冷戦期のように敵味方が固定化するということはなく、流動的な合従連衡が形成される傾向が強まるはずである。

 特に米中の動向に大きく左右される東アジアでは、各国が米中間のパワーバランスや微妙な間合いを見計らいながら、戦略的に対外関係を調整することになるだろう。ここ数年、南シナ海や尖閣諸島問題などでの中国の強硬姿勢が目立ったため、東アジアの多くの国が米国のアジア回帰を歓迎し、米軍再配置やTPPなど米国の攻勢も目立った。しかし、自らの高圧的態度が周辺国の抵抗を強めるとみてとった中国が、日本やフィリピンを除く国々に懐柔姿勢をみせるようになり、東南アジア諸国の多くもヘッジから関与へと対中関係の重心を移している(リスク5)。中国による東シナ海における防空識別圏の名を借りた管轄空域の一方的な設定でも、東南アジアの反応は比較的静かだった。オバマ大統領のアジア訪問キャンセルや歳出削減による米軍プレゼンス低下への懸念、シリアでの腰砕けや米外交の中東シフト、TPP交渉に抵抗する議会の動きなど、当面この地域で米国があてにならないようにみえることも影響していよう。中国がAPEC主催国になることもあり、2014年は東アジアで中国が外交的に巻き返す余地が大きい。

 ただし、東シナ海における独自の防空識別圏の設定のように、中国が周辺国を警戒させる行動を頻発させ、日本や米国がそうした行動を許容しないという明確な姿勢を貫くならば、中国は攻勢の機会を失い、守勢に転じざるをえないだろう。米国が春に予定されているオバマ大統領のアジア歴訪などを通じて地域関与の意思を具体的に示せるかどうかも、地域諸国の戦略計算に影響を与えそうである。

 敵味方がはっきりしない、流動的な国際関係においては、武力行使に至らない一歩手前での力比べや様々な次元での駆け引きが展開されることになるだろう。インドの戦略家チェラニーが「サラミ・スライス戦略(salami slice strategy, salami slicing strategy)」と呼ぶ中国の拡張政策はその典型例である。それは、開戦原因にならないような小規模行動(漁業権の主張、資源探査権貸与、法執行組織による圧力等)の累積によって、中国に有利な戦略環境への変化を実現しようとするものであり、相手国にとっては抑止を効かせることが難しい。防空識別圏の設定もその一種といえる。同様に、一般には見えにくいサイバー攻撃やインテリジェンス活動も活発化するだろうし、インテリジェンス協力がバックチャネルとしてもつ意味も大きくなるかもしれない。2013年の本レポートで指摘した、経済を政治的武器として用いる傾向も続くだろう。

 パーセプションをめぐるゲームはこうした駆け引きの主要な要素となる。南シナ海での紛争に際して、中国が質量ともに強力な法執行を活用しているのは、相手国に泣き寝入りするか軍事力で対抗するかの選択を余儀なくさせ、もし軍事力を使えば、先に引き金を引いたのは相手側だと中国が国際世論に自らの正当性を主張できるためである。尖閣諸島をめぐってもどちらが先に手を出したかが争点になってしまいがちである。中国や韓国が歴史問題をことさらにとりあげているのも、それが奏功しているかどうかは別として、日本の積極的な対外行動に負のイメージを刻印しようとする底意があることは明らかである。

 事実上のナンバー2と言われた張成沢が粛清・処刑されるなど、北朝鮮情勢は不透明性を増している。今まさに対北朝鮮をめぐる日米韓の連携が必要な局面といえるが、日本にとって韓国朴槿惠政権の扱いはなかなか容易ではなく、日本との良好な関係を拒否するその行動は北朝鮮や中国にとってマヌーバーの余地を広げている(リスク4)。中国へのパワーシフトを敏感に感じ取り、日本の戦略的重要性を低く見積もっていることが大きな背景として存在するとしても、大国間でバランスをとり、関与とヘッジを巧みに組み合わせている東南アジア諸国と比較して、その対日、対中政策の戦略的合理性は見えにくい。原子力協定改定をめぐる韓国の動きも、気になるところである(リスク9)。複合的な国内要因が働いているのだろうが、米国の戦略家エドワード・ルトワックがThe Rise of China vs. the Logic of Strategy で喝破したように、韓国の対中政策が「戦略の論理」から大きく逸脱するものなのか、それとも、何らかのきっかけでバランスが取れた対外政策をとるようになるのか、不確実性の霧は深い。

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