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習近平「周辺外交工作座談会」で周辺外交重視を強調  日中関係への影響は?

2013年11月25日 公開
2023年09月15日 更新

前田宏子(政策シンクタンクPHP総研国際戦略研究センター主任研究員)

前田宏子

《PHP総研研究員コラムより》

 この半月ほど、韓国、中国で続けて中国外交に関するいくつかの会議に参加してきたので、その時の意見交換や印象を踏まえ、最近活発化している中国の周辺外交と日中関係や尖閣問題への影響について述べたい。

 10月下旬、中国で「周辺外交工作座談会」が開催され、習近平国家主席が周辺外交の重要性を強調する演説を行った。このような会議が党中央で開催されたのは初めてのことである。習近平は、「中華民族の偉大な復興」の実現のためには、周辺諸国との関係を進め、友好関係を確かなものとし、相互利益につながる協力を進化させていくべきだと述べた。また、中国が安定した改革を進めていくために、良好な外部環境が必要であるという見解も示され、このことが日中関係にどのような影響を及ぼすか注目されている。

 中国国内でも、周辺諸国の対中警戒感の高まりを懸念する声が強まり、このような会議が開かれることになったのだろう。国内に多くの問題を抱えつつ、持続可能な発展を達成していかなければならない中国共産党・政府にとって、合理的に考えれば、平和的な国際環境を維持する必要があるのは自明のことである。実際、東南アジア諸国をはじめ、日本とフィリピン以外の周辺諸国に対する最近の中国の外交攻勢は活発化している。南シナ海の係争についても、表向き対話による解決を協調する姿勢を打ち出し、これは東南アジア諸国から概ね歓迎されているようである。

 先月下旬、韓国国立外交院が主催する「習近平時代の中国外交と周辺諸国の対中戦略」という会議に参加した際、会議では予想していた以上に、中国に対する警戒感が表明されなかった。韓国、香港、オーストラリア、日本、タイ、ベトナム、マレーシア、インド、パキスタン、カザフスタンの中国研究者が参加して各国の対中戦略について話したが、中国に対する懸念について言及したのは日本(私)とオーストラリアのみであった。聴衆の記者からも「ほかの国には、中国の台頭を脅威とする見方はないのか」という質問が出たくらいである。

 会議の合間の休憩や食事のときに、他国の参加者と会話した際に確認できたのだが、もちろん、彼らも中国を警戒する見方をなくしたわけではない。しかし、中国がとりあえず対話を重視し、経済協力を強化する姿勢を見せてきた以上、それは歓迎すべきことであって、あえて脅威を前面に出して強調する必要はないという態度であった。それは理解できるし、したたかなバランス外交と言うべきなのだろう。

 日本にとっての教訓は、中国にとってあからさまに対抗的だと見えるような政策には、周辺諸国も乗りにくいということである。周辺諸国は深刻な日中対立を望んでおらず、その巻き添えになるのは真っ平ごめんだと考えているが、かといって、日本が弱くなってしまうことも望んでいない。巨大な中国が独走しそうになったときは、それを抑制する役割を、日本に期待してもいる。要は、日本にもバランス外交が望まれているということである。

 最近の中国の周辺外交重視策は、日中関係にどう影響するのか。結論からいえば、フィリピンと同じように、日本は中国の「周辺外交重視」の例外とされ、日中の政治関係はしばらく厳しい状況が続く可能性がある。習演説では、周辺諸国と中国は“運命共同体”であるとしつつも、国家主権と中国の安全、発展のための利益を守ると言及することも忘れていない。もちろん、日中政治関係の改善もできるに越したことはないと思っているだろうが、とりあえず全方位において緊張を抱えているという状況が少し改善された今、日本に譲歩する必要はないと考えているかもしれない(ただし経済関係は別である)。

 また、会議や実務家へのインタビューで、中国側から、この「周辺外交」演説があまり強調されることがなかったのも意外だった。何しろ党中央で初めて開催された会議で、国家主席が打ち出したアイデアである。普通なら、官僚も研究者もこぞって強調しそうなものだが、こちらから話題にすると、「もちろん、国家主席が話したことですから、重要な意味をもちます」などと答えるくらいだった。演説からあまり時間が経っておらず、内容について中国人もまだ学習中ということだったのかもしれないが、「日本に対しては、あまり中国が軟化したというイメージを与えてはいけない」という方針でもあったのではないかと疑うのは、やや猜疑心が強すぎるだろうか。いずれにせよ、中国メディアの対日、というより対安倍論調は厳しいままであり、中国の政府関係者と面談したときの彼らの態度からも、そのような印象を受けた。

 中国の実務家や研究者も、現在の日中関係の状況が自国の利益にそぐわないことは理解しており、関係改善を望んでいる。しかし、彼らは気の毒なほど国内世論に、中国民衆から「親日派、漢奸(国賊)」と非難されることに怯えている。ある会議で、「日中双方は、過去の4つの政治文書の精神を尊重し…両国関係の安定に維持しなければならない」という、日中関係の重要性を説く基本的な発言をしていた元政府高官が、しばらくしてから急に激しい対日批判を始めたので、一体どうしたのかと思ったら、中国メディアの記者が会場に到着し、記録を取っていたということもある。これまで何度も意見交換を繰り返し、日本の社会や政治事情のこともよく理解している政府関係者が、厳しい顔をして日本批判演説を始めたときにも、私には彼が半ば国内を向いて話をしているように感じられた。「やれやれ、これは日中の政治関係の改善はまだしばらく難しいかも」と思いつつ、話を聞いているうちに少し意地悪な気持ちになって、「それは、領土紛争の存在を日本が認めなければ、少しも、ちっとも、関係が改善する可能性はないということですか?」と逆に質問すると、答えに詰まっていたので、交渉の余地がなくなったわけではないだろう。というのは、その人は日本のことをよく知っているので、日本政府が領土問題の存在を認めるのはかなり難しいということを承知しているからである。

 民主主義は世論に弱いとよく言われるが、少なくとも日中関係に関していえば、今は中国の政治のほうがよほど世論に弱い。いくら国民の対中感情が悪いからといって、日本の首相や政治家が、日中関係は重要だという話をすることに障害や躊躇いを覚えることはないだろう。ところが、中国の指導者や高官たちは、それすら時と場所を考えて慎重に言わなければならない。

 中国の社会も多元化し、様々な価値観をもつ人が生まれた。中国の改革・開放継続を支持する人もいれば、新毛主義とよばれる毛沢東時代を懐かしむ人々も存在する。第18期三中全会のコミュニケにも表れていたように、中国の指導者たちは、右にも左にも、様々な利益集団にも気を使わなければならない。多様化した中国をまとめあげるのは至難の業である。だが、多様化した中国の人々が、容易にまとまるテーマがある。それは、他国との外交問題であり、とりわけ日中関係はその傾向が強い。中国のナショナリズムは中国の指導者たちにとっても諸刃の剣であるが、様々な問題の調整に苦しむ中国指導者らが、国民がまとまる数少ないテーマの1つである日中関係を利用しないかが心配である。

 中国側が尖閣問題について何らかの譲歩を行なう姿勢は、表向きはまったく見られない。日本は中国との対話にはいつでも応じる姿勢を示しているが、「領土問題の存在を認めない限り、対話できない」というのが中国の立場である。これは中国の一方的な言い分であり、物理力で圧力を加えて自国の要求を他国に飲ませようとする行為に他ならない。

 日本の外務省は「領土問題は存在しないが、外交問題は存在する」という、中国にとってより協議に応じやすい説明を行なうようになっている。それで対話に応じるよう中国を説得すべきである。「尖閣に領土問題は存在しない」という立場の整合性については個人的に疑問を感じないでもないが、その存在の有無自体がすでに政治かけひきの材料となっており、仮に日本政府が領土問題の存在を認めれば、中国が次に島の半分の権利(尖閣の共同開発、共同管理)を要求してくるのは確実である。これは、いつか日中間に互いへの信頼感が存在する日がくれば議論してもいい内容かもしれないが、現在のように、中国が力ずくで現状を変えようとする強硬姿勢を取っている状況では、とても受け入れられる話ではない。今の状況で日本が譲歩をするのは、将来の日中関係にも地域秩序にも悪影響を残す。

 だいたい、中国側は「問題は現実に存在するのに、領土問題がないとはおかしい」と言うが、南シナ海で係争となっており、中国が実効支配している領域、たとえばスカボロー礁(中国名:黄岩島)で中国が領土問題の存在を認めたことなどないはずである。さらに、玄葉元外相も提案したことだが、中国は不満があるのなら、尖閣問題を国際司法裁判所(ICJ)に持ち込むという手段も取りうる。日本はICJの強制管轄権の受諾を宣言している。厳密にいえば、受諾を宣言していない中国の提訴に、日本は必ずしも応じる必要はないのだが(相手国も宣言している場合は応訴しなければならない)、日本の法的・道義的優勢を示すために、中国が尖閣周辺に船舶や航空機、無人機を送ってくるという危険な行為をやめるのなら日本は応訴するという姿勢を、中国や国際社会に宣言すべきではないかと思う。

 また日本側は、周辺外交工作会議で習近平国家主席が“友好関係を堅固なものとし、互恵の協力を深化させる”という方針を示したことを強く注目しており、それが現実のものとなることを強く望むというメッセージを送るべきだ。さらに、習近平は近隣諸国との安全保障協力を進めていくという方針を示したが、これも日本としては歓迎するという姿勢を示し、尖閣周辺における危機管理メカニズムを一刻も早く構築すべきだと求めていく必要がある。「危機管理メカニズムの構築」は、尖閣問題が話題になるたび必ず言及されることで、もはや耳にタコといってもいい提案だが、中国側も必要性は認めつつ、いまだ実現できていない。習演説の「周辺国家との安全保障協力を推進し、地域の安全保障協力に主動的に参画し、協力のシステムを深化させる」をぜひ有言実行し、日中間の危機管理メカニズムの構築も実施すべきだと、強く求めていくべきだろう。

研究員プロフィール:前田宏子☆外部リンク

 

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