2013年10月07日 公開
2023年09月15日 更新
(PHP総研研究員コラム 2013年10月7日掲載分より)
80年代はじめ、大学生のころ、「太陽の会」というボランティア団体のお手伝いをしていた。主催は作曲家・北村得夫。50代以上ならご存知の「見え過ぎちゃって困るの~」という某アンテナ会社のCMソングは彼の作品である。その作品のイメージとはまったく異なるが、彼は特殊潜水艇「蛟龍(こうりゅう)」特攻隊の生き残りであった。1945年の夏、呉で出陣前の訓練中、広島に原爆が投下され、現地に派遣された。その時、瀕死の中学生に「なぜ人は殺し合うのか」と問われ、「戦争の原因となるお互いの無理解をなくさねば」と思った。75年に会を設立し、08年に亡くなるまで、私財を投じながら、世界中の子どもたちの相互理解を深めようと、音楽会や絵画展、国際会議などを展開してきた。やなせたかしさんやオノ・ヨーコさんなども顧問団に加わり、一時期は活発に活動をしていたが、いまは開店休業となっている。
今また、30数年前と同じように、「パンゲア」というNPO法人のお手伝いをしている。理事長の森由美子と出会ったのは88年、2人ともカリフォルニア大学(UCLA)の大学院生のころである。その彼女がマサチューセッツ工科大学(MIT)のメディアラボに在籍中の01年、取引先の予定変更でキャンセルした飛行機が、911テロに遭遇して墜落。「助かった」というより、「生かされた」と感じたそうだ。そして、誤解や相互不信でこうした不幸な出来事を起こしてはならないと思い、自分は何をすべきかと考えた。わずかの間に、みずからの稼ぎを使い、国内外を周って仲間を募り、それまでのキャリアを捨てて、パンゲアを設立した。最新ITと自主開発の「絵文字」を通じて世界中の子どもたちがいっしょに遊び、「つながり」を感じあえる場を提供している。いまでは国境を越えた多くのボランティアに支えられながら活動を広げつつあり、この9月には、米国、ケニア、韓国などからも仲間が集まり、設立10周年の記念シンポジウムを行うまでに育った。
「子どもたちに戦争やテロを経験させたくない」。北村も森も「死」に直面して同じ使命感を抱き、一生を捧げる決心で活動を始めた。いまもなおパワーの均衡や相互監視が国家間の平和維持の基盤と考える現代の国際政治のなかで、彼らの考え方はいささかナイーブと言えるだろう。だが、その一方で、子どものころから相互理解を深めることができれば、本当に無駄な血を流すことはなくなるかもしれないという希望を持たずにはいられない。それは理想主義者の見果てぬ夢かもしれないが、こうした口先だけではない地道な努力がその夢の実現に我われをゆっくりでも着実に近づけてくれるのではないか。そうでなければ、何千年も同じことを繰り返してきた人類に発展はない。
近年、わが国においても、パブリックディプロマシ―(広報や文化交流を通じて外国の国民や世論に働きかける官民連携の外交)というものが重視されている。伝統文化やポップカルチャーを通じて日本を好きになってもらうといった外交活動で、財政が措置されているものもある。それはそれで極めて重要な役割を担っているが、「太陽の会」や「パンゲア」のように、国境を越えて具体的に人と人とのつながりをつくる草の根運動にこそ、より高い効果があるのではないかとも思う。パンゲアの活動は、テレビや新聞に何度か報道され、多くの人の注目を集め、励ましの言葉や寄付もいただいている。謝辞を表するともに、今後、パンゲアに限らず、こうした活動の重要性に対する理解がいっそう深まり、継続的な支援がなされることを期待したい。
<研究員プロフィール:永久寿夫>☆外部リンク
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更新:11月22日 00:05