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日本の海岸を取り囲む「万里の長城」は無用である

2013年09月06日 公開
2024年12月16日 更新

永久寿夫(政策シンクタンクPHP総研研究主幹)

《PHP総研研究員ブログ2013年9月5日掲載分より》

 東日本の太平洋沿岸で巨大な防潮堤の建設が進められつつある。岩手、宮城、東北の3県だけでも総延長370km、かかる費用は約8200億円。6~7m程度から15mほどの防潮堤で東北の太平洋沿岸が塞がれることになる。建設に関して国から示されたのが、すぐには壊れない「粘り強い構造」をもつこと。その結果、高さ10mの場合、底幅が43m、断面が台形となり、分厚い壁というよりも、人工的な大きな土手のようなものとなる。大地震と津波であれだけの被害と犠牲を出したのだから、「次」に対して万全の策をとるべきではあるが、これではまるで「万里の長城」であり、違和感を覚える人も少なくないのではないか。

 この防潮堤の建設は、5年間で25兆円の復興予算の一部を使って行われていくことになっているが、このうちの1兆円は被災地以外の防災・減災対策にも使用可能となっている。実際、静岡県浜松市遠州灘沿岸で高さ13m、総延長17.5kmの防潮堤建設計画が進行中である。同様に、徳島県那珂川では、河口から2.7kmにわたり堤防を7.8mにかさ上げする予定がある。自公与党が先の国会で提出した「防災・減災等に資する国土強靭化基本法案」が成立すれば、防潮堤を含むさまざまな公共事業が増えていくことは明らかである。

 こうした動きに対して、景観や環境が損なわれると反対の声があがっている。また、日常生活に不便が生じたり、周辺地域のかさ上げも必要になるなど、コスト面からの批判もある。ただ、その前に考えたいのは、そもそも新しい防潮堤が津波災害を防げるのかである。たしかに、大きく頑丈になればなるほど津波を防ぐ能力は高まるだろう。例えば、岩手県宮古市田老の防潮堤は、全長1350m、基底部の最大幅25m、地上高7.7m、海面高さ10mという巨大なものだった。それこそ「万里の長城」と呼ばれ、60年のチリ地震津波では、三陸海岸の他の地域で犠牲者が出たのと対照的に、田老地区の被害を軽微にとどめ、世界的にも絶賛された。だが、3.11の津波は第二防波堤を破壊し、第一防波堤を越えて街を襲った。完全な防潮堤などはないということだ。死者・行方不明者は約200人。「万里の長城」に安心し、逃げ遅れたのが原因という指摘がある。

 昨年11月、行政刷新会議「新仕分け」の評価者として招聘され、復興関連事業を担当した。国土交通省の説明者が「東日本大震災におきましては、地震自体の被害も大きかったのではございますけれども、地震プラス巨大な津波ということでございまして、沿岸部の被害がとくに甚大であった。この教訓というものをより具体的に、より厳格に捉えまして(中略)、津波の遡上対策ですとか、粘り強い堤防ですとか、水門の自動化ですとか、そういう具体的な課題に対応する」と話していた。津波対策が不十分だったのが教訓であり、したがって津波対策を強化するという趣旨である。

 しかし教訓は違うところにあったのではないか。田老の防潮堤で生じたことは、いくら立派なハードをつくっても、ソフトを充実させなければ不十分であるということを教えてくれた。逆に、田老ほどの立派な防潮堤がなくても、ソフトを充実させれば、被害を限定的にできるということも他地域から学んだはず。私は国土交通省の説明が終わると「津波が来たときの逃げ方とか、避難の仕方というもので、大きな差が出てしまったということも教訓の一つ」と指摘し、ハードとソフトの組み合わせの重要性を論じた。とりまとめコメントには「ハードだけでは限界があるということも1つの大きな教訓であり、ソフト事業の中には予算が少なくても効果が高いものもあり、併せて検討いただきたい」という文言が載せられることとなった。

 今年6月26日、中央防災会議に設置された「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する調査委員会」が「中間とりまとめ」とともに短い提言を行った。そのなかに「海岸保全施設等の整備の対象とする津波高を大幅に高くすることは、施設整備に必要な費用、海岸の環境や利用に及ぼす影響などを考慮すると現実的ではない。このため、住民の避難を軸に、土地利用、避難施設、防災施設の整備などのハード・ソフトのとりうる手段をつくした総合的な津波対策の確立が急務である」という文章が記された。すなわち、現代の「万里の長城」は無用ということである。中央防災会議は総理を長とし、「防災基本計画」の作成と実施の推進を役割とした組織である。この、誰が読んでもおそらく妥当と思われる提言を是非とも実現してほしいものだ。

 

研究員プロフィール:永久寿夫☆外部リンク

 

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