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「この国を救えるのは私だけだ」独裁者が危機をあおり、権力を握る話術

2026年09月28日 公開

大澤傑(愛知大学国際コミュニケーション学部准教授)

「この国を救えるのは自分だけ」独裁者が危機をあおり、権力を手にするまで

独裁者はいかにして人びとの支持を集め、権力を手にしていくのでしょうか。
その一つの鍵となるのが、国家が直面する「危機」を強調すると同時に、その重責を担えるのは自分だと訴えることです。しかも、権力への野心ではなく、国民のために責任を引き受ける姿勢として示すことで、権力集中に正当性を与えていきます。

愛知大学国際コミュニケーション学部准教授の大澤傑氏が、ベネズエラのチャベス大統領や北朝鮮の金正日総書記らの事例をもとに、独裁をめざす指導者が危機を利用して自らの存在を際立たせ、権力を獲得していく過程を解説します。

※本稿は、大澤傑著『独裁者の手口 なぜ権力を握り続けられるのか』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

重責を引き受ける覚悟を見せる

独裁者になるためには、危機を認識、あるいはつくり出し、人びとに訴えるだけでは不十分です。言うまでもなく、その危機に対処できるのは自分だけであると、周囲に喧伝する必要があります。作家エーリヒ・ケストナーの戯曲『独裁者の学校』の第1場では、(じつは影武者である)独裁者が民衆に向かって国家の危機をあおりつつ、こう叫びます。

「仕事は半ばまで達成した。あとは完遂あるのみ。それをなすべきは誰か?誰がなしうるのか?責任を分け合うことはできない。義務感がめざすのは最後の瞬間だけだ。この職務と名誉は、我輩にとって終身刑も同じだが、国民と歴史に対して上告するわけにはいかない。だから今日ここで、我輩に課された重責に感謝しよう。我輩は職務と名誉と責務を受けよう!」(エーリヒ・ケストナー『独裁者の学校』)

同作品では、この演説に対してつくり物のシュプレヒコールが上がりますが、この独裁者の発言は示唆に富んでいます。国家の危機をあおりつつ、同時にその役割を「引き受けよう」と宣言している点です。つまり、自分だけが危機克服の重責を担うことができると主張すると同時に、そこに私欲を見せていないのです。

ベネズエラのウゴ・チャベス大統領の例を見てみましょう。もともと陸軍中佐だった彼は、ベネズエラで長年続いてきた政治システムを批判して一躍有名になります。当時のベネズエラでは二大政党を通じて南米随一の安定した民主主義が維持されていましたが、結果としてプント・フィホ体制と呼ばれる政労使の癒着構造も固定化していました。

こうした問題に対する大衆の批判を背負い、チャベスは軍を率いてクーデターを敢行します。結果は失敗して投獄されることになりましたが、その後の恩赦を経て、大統領選挙に出馬し、1999年についに大統領の座を射止めます。彼は、大統領就任演説で、独立の英雄シモン・ボリバルの言葉を引きながらこう述べました。

「私は、国全体、知事、市長、議会、各地域の代表者の方々の尽力を求めます。国民のために働き、国が信頼を取り戻せるようにしましょう。繰り返しますが、私はこの戦いにおける最初の兵士となります。発展の欠如、貧困、飢餓との戦いであり、私たちは必ず勝利すると確信しています」(Translating Chávez, “Translation of Chàvezʼs Inauguration Speech”)

反既得権を掲げる彼は、自らを大衆に位置づけ、「最初の兵士」になると宣言することで、欧州列強と米国に抵抗してラテンアメリカの統合をめざしたボリバルの思想を下地にした「21世紀の社会主義」や「ボリバル革命」を推進していきました。

結果として、チャベスが選挙に勝利した時点では民主的だったベネズエラは、徐々に権威主義化(独裁化)します(たとえば、坂口安紀『ベネズエラ』)。この状況は、チャベス亡きあとのニコラス・マドゥロ政権でも続き、2026年1月に米軍から攻撃を受けるまで維持されました。

また、チャベスの例からは、自身を歴史的英雄になぞらえることで、自らへの権力集中を正統化している姿勢が見られました。この方法をとる事例も少なくありません。

たとえば、北朝鮮はわかりやすいでしょう。北朝鮮では、金正恩が「偉大な領導者」と呼ばれています。呼び方に関する若干の違いはあれ、祖父の金日成、父の金正日から類似する呼称が採用されています。いまとなっては著名な独裁国家の一つである北朝鮮ですが、独裁の誕生と固定化への道のりは平たんではありませんでした。

建国の父でありカリスマ的なリーダーであった父から権力を継いだ金正日は、ソ連崩壊に伴う後ろ盾の喪失などから、150万〜300万人が亡くなる大飢饉に直面しました。「苦難の行軍」と呼ばれるこの危機は、自身への権力継承を難しくさせたことでしょう。いまでは想像しにくいですが、金正日の体制はそれほど安定していなかったはずです。

しかし、金正日は父の威光を巧みに利用しながら、軍事を優先する「先軍政治」を掲げ、国防委員長であった自身に権力を集中させます(Chon  Hyun-Joon , North Koreaʼs Regime Maintenance Policy since the Kim Jong-il Regime and Prospects for Change)。肉声をほとんど公開しない金正日でしたが、危機に直面した国家において、自らこそが血筋的にも役職的にもこの危機を乗り切れる人物であると喧伝するかのような行動でした。

ビジネスの世界においても、自己アピールは重要です。『「権力」を握る人の法則』を著したジェフリー・フェファーは、いくら仕事ができても覚えていない人のことは抜擢できないのだから、周囲にあなたの存在に気づかせよと主張します。また、人は、失望よりも怒りをあらわにする人間のほうが政治指導者に向いているとみなす傾向にあるそうです。危機をあおりながら、それに対処できるという力強い姿勢を示すことは、リーダーシップを発揮するうえで大切です(ジェフリー・フェファー『「権力」を握る人の法則 』『悪いヤツほど出世する』)。

権力獲得後もこうした取り組みは不可欠ですが、権力奪取以前もそれに対するアピールは必要です。
あらためて、独裁は危機に生まれます。その危機を人びとに発信するとともに、自らが危機を克服できるとアピールする。こうした過程を経て、独裁を望む者は徐々にその道を歩み始めるのです。

プロフィール

大澤傑(おおさわ・すぐる)

愛知大学国際コミュニケーション学部准教授

1987年、愛知県生まれ。防衛大学校総合安全保障研究科博士課程修了。博士(安全保障学)。駿河台大学法学部助教、愛知学院大学文学部准教授などを経て現職。著書に『独裁が揺らぐとき――個人支配体制の比較政治』(ミネルヴァ書房、2021年度「ラテン・アメリカ政経学会研究奨励賞」受賞)、『「個人化」する権威主義体制――侵攻決断と体制変動の条件』(明石書店)、『デジタル権威主義―技術が変える独裁の"かたち"』(編著、芙蓉書房出版)など。

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