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「習近平の独裁体制は万全ではない」中国経済の停滞が招きうる突然の政治変化

2025年04月28日 公開

宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問)

中国

現在の中国に対して「経済のメルトダウンが始まっている」、「習近平の独裁体制に対する不満が高まっている」などといった分析が散見される。これらの言説は果たして実態を捉えているのだろうか?

本稿の冒頭では、中国の情勢について「公式見解」ではない、場合によっては悪意に満ちた分析や陰謀論をささやく「悪魔のささやき」。そして、正統で常識的ながら、往々にしてあまり面白くもない分析や結論をさえずる「天使のさえずり」を紹介する。

天使のさえずりが常に正しく、悪魔のささやきが常に間違っているという保証はない。悪魔と天使の意見が出揃った後、中国の現状を著者が詳しく解説し、最善と考えられる解答を示す。

※本記事は宮家邦彦著『トランプ2.0時代のリアルとは? 新・世界情勢地図を読む』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。

 

独裁的権力集中で国際的孤立を深めていく

日本にとって中国は永遠の隣国ではありますが、両国関係は必ずしも友好的、安定的ではありませんでした。1972年の国交正常化から50余年経ちましたが、21世紀に入り、中国は自己主張の強い対外姿勢をとり始め、国内では共産党独裁、特に習近平個人への権力集中が一層進みつつあります。

 

●悪魔のささやき

①中国経済は既に「メルトダウン」が始まっており、一つ舵取りを間違えば「バブル崩壊」や「長期不況」に陥る可能性が高まっている

②3期目の習近平国家主席は益々独裁体制を強化しているが、今後経済成長が鈍化し、国民の生活水準が低下していけば、党内反対勢力の反発や一般国民の不満が拡大する可能性は高い

③人民解放軍の組織改編と近代化は着々と進んでおり、台湾有事の際、仮に米軍の直接軍事介入があったとしても、人民解放軍は独力で台湾を制圧する能力を保持しつつある

④いずれ中国が習近平の任期中に「台湾の武力統一」を決断する可能性は否定できないが、その際アメリカ、特にトランプ政権が台湾防衛のため自ら戦い、米軍兵士の血を流すかは未知数である

 

●天使のさえずり

①習近平の独裁体制は強固であり、この種の独裁体制が簡単に弱体化・崩壊する可能性は低い

②中国経済は今後徐々に衰えていくだろうが、突然の経済崩壊が起きることは近い将来考えにくい

③台湾有事は基本的に海上・航空戦闘が中心となるので、米軍の軍事介入の可能性はウクライナよりも高い

④中国が本気で台湾制圧を目指すなら、在日米軍基地や日本領空・領海への攻撃は不可避である

 

宮家邦彦氏の解説

①中華民族と民主主義

中国政府は、「中華民族」を「中国56民族の総称」としていますが、「中華民族」の95%は漢族です。中国で独裁体制が続く最大の理由は今の中国が漢族の民族国家ではなく、中国共産党が漢族以外の少数民族を支配する多民族帝国だからです。今の中国に民主主義を導入すれば、国内各地で個別の政治的主張が噴出し、「共産党の指導」の下で帝国を維持することは難しくなるでしょう。

中国とその周辺国

 

②中国経済と中所得国の罠

今の中国が直面する最大の問題は不動産バブル崩壊後の経済停滞、若年層の高失業率と「中所得国の罠」の3つです。開発途上国の1人当たり所得が1万ドルを超える今、中国はもはや低賃金と世界の工場による輸出主導経済政策では立ち行かなくなりつつあるのです。

この「中所得国の罠」から逃れるには規制緩和、内需拡大、国有企業改革、技術革新などの諸政策が不可欠ですが、今の中国はこれと真逆の手法で危機を克服しようとしています。権力集中で政治過程を支配することは可能ですが、経済活動を強権で統制すれば副作用が起きます。最近の無差別殺傷事件などはその典型例と言えるでしょう。

中国の実質GDP伸び率の推移

 

③イスラムと相容れない中華

イスラムと中華は融合が困難です。豚肉と酒と女性が不可欠な中国文化と、これらに最も厳しいイスラムの共存は容易ではありません。アッラーへの帰依を最重視するイスラム教徒に対し、「共産党の指導を優先せよ」と求めるのですから、摩擦が生じるのも当然でしょう。

 

④本当に軍事侵攻を行うのか

台湾問題は中国共産党の「統治の正統性」に直接関わる核心的利益です。2022年11月の米中首脳会談で中国側は、台湾問題を「核心的利益の中の核心」と説明しています。これは武力を使ってでも守るべき利益と理解されています。

米軍が不介入なら台湾単独制圧は可能でしょうが、アメリカなどが本格介入すれば、制圧に失敗する可能性は高まります。あの慎重な習近平が、近い将来リスクのある台湾侵攻に踏み切る可能性は少ないでしょう。

他方、今後、中国が侵攻するとすれば、①台湾が独立宣言をする、②アメリカが台湾に関心を失う、③党内権力闘争や大衆運動で習近平が対米弱腰を批判されるなどで、習近平政権が戦略的誤算を犯す場合が考えられます。プーチン大統領の誤算によるウクライナ戦争という前例もあり、要注意です。

 

⑤台湾有事は日本有事となるのか

日本有事を外国による対日武力行使と定義するなら、台湾有事が日本有事となる可能性は高いでしょう。中国が本気で台湾包囲作戦を始めれば、日本の領土である与那国島の領海・領空は戦域となります。

更に、米軍介入を不可避と考えれば、中国はまず在日米軍基地を攻撃するでしょう。そうした武力行使は日本の領土に対する攻撃ですから、中国の攻撃は直ちに日本有事となります。これは集団的自衛権ではなく、日本の個別的自衛権の問題なのです。

 

⑥米中関係の行方

アメリカは1972年以来、台湾の現状維持のための「曖昧戦略」を維持してきました。それは、①アメリカは台湾独立を支持しないが、②台湾は中国の一部という中国の主張は承認せず、③国内法である台湾関係法で台湾を支援し、④中国に台湾問題の平和的解決を求める、というものでした。

ところが、近年の人民解放軍の能力向上により、こうした政策だけでは中国の台湾侵攻を抑止できず、アメリカは従来の「曖昧戦略」を一部見直し始めます。当然、中国側はアメリカの動きに強く反発しています。第2期トランプ政権が如何に対応するかは必ずしも明確ではありません。

両国関係は当面改善しないでしょうが、両国とも軍事的衝突は望みませんので、相互に誤算が生じないよう対話を続けるべきです。

 

 

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