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「コンセッション」「空中権」は、インフラ再生の妙手にはならない

2013年05月17日 公開
2023年09月15日 更新

佐々木陽一(政策シンクタンクPHP総研地域経営研究センター主任研究員)

 政府の経済財政諮問会議は5月7日、老朽化するインフラに対し、PFI (Private finance Initiative:民間の資金やノウハウを活用した社会インフラ整備)事業の利用拡大を図る方針を打ち出した。そのため、インフラの「コンセッション(運営権)」を売却し資金調達する方法が検討された。さらに、会議では、老朽化する首都高速の道路上の未利用空間を使う「空中権」を売却し、そこで得た資金を道路の巨額改修対策費に充てる具体的なアイデアも提示された。

 2つの権利が諮問会議で検討されたのは、インフラの老朽化が大量かつ急速に進むなか、その修繕・更新費用の手当てにメドが立っていないからだ。道路橋を例にとると、今後10年間で建設後50年以上を経過する割合が全体の約 65%と急増する。その結果、2050年代のインフラ全体の維持・更新費用は、年平均10兆円が必要とされる(国交省推計)。コンセッション、空中権の導入拡大の狙いは、こうした財政負担の軽減とインフラ整備の問題を両立させることにある。

 この問題に対し、PFI事業からアプローチしたのが「コンセッション」である。従来のPFIでは、民間企業は資金の出し手に留まっていた。また、PFIの対象施設も自治体の庁舎や病院など比較的小規模な案件に限られていた。このため、民間が積極的に参入するだけの旨み(利益)が乏しかった。それに対し、コンセッションは、インフラの所有権を国や自治体が保持したまま、運営権を民間企業に売却。民間事業者が自ら資金を調達し、利用者料金を主たる収入源にリスクを負いながら事業運営していく方式のことである。

 次に、同じく都市計画事業からアプローチしたのが「空中権」である。これは、都市計画法で定められた特例容積率適用地区内において、未利用となっている指定容積率の一部を売買・移転できるというしくみだ。諮問会議では、約1兆円の修繕費が見込まれている首都高速道路都心環状線の築地川区間(約1km)が具体案件として提案された。掘割構造で造られている同区間の道路上に蓋をかけ、その上部空間(空中権)を民間企業に売却、その分を隣接地で高度利用してもらう。売却益で首都高の更新資金を調達するという発想だ。

 残念ながら、いずれの手法も我が国での導入はほとんど進んでいない。コンセッションについては、収益性の高い空港や道路などの重要インフラで民間開放に必要な個別法の整備が遅れ、導入事例はまだない。空中権についても、JR東日本が東京駅上空の空中権を周辺の高層ビル(新丸ビルなど)に転売して駅の復元改修費500億円を賄ったなど数例に過ぎない。大都市圏であっても、近郊の自治体では「当市の規模では、コンセッションや空中権を購入する企業は現れない」という声がほとんどだ。まして地方部の自治体は、民需の誘発効果や投資効率の高いインフラ案件がそもそも少なく、運営権や空中権の売買の恩恵に浴し難いというハンデがある。これらを総合的に判断すると、コンセッション、空中権の売買で資金調達しうる自治体は、大都市圏にあっても極めて限定される可能性が高い。地方部の自治体にとって、コンセッションも空中権も、基本的にインフラ再生の妙手にはならないのである。

 そうだとすると、地方は、直面するインフラ問題にどのように立ち向かえば良いのか。この点に関して、諮問会議では、地方のインフラ整備の財源を一括交付するしくみを議論しているようである。自治体がある程度自由に使える予算枠では、民主党政権が一括交付金を導入したが、政権交代で廃止になった経緯がある。公共事業に限定するとはいえ、地方に使い勝手の良い予算枠を設けるならば、既存インフラを大胆に整理し、維持するインフラの改修・更新に集中投資するといったメリハリの利いた自治体経営が不可欠だ。インフラの9割を所有する自治体の経営手腕がより厳しく問われることになろう。

 インフラの老朽化問題は、景気対策としての公共事業を数年間拡大する程度では、全く追いつかない次元の問題である。ゆえに、国、自治体双方には、老朽化したインフラの維持管理・更新投資を優先し、新規投資を後回しにするというような明確な政策の構造転換が必要である。同時に、自治体側の対策は、大都市部と地方部に分けて考えるべきである。とりわけ、地方部の自治体では、まず、官民でインフラ整備の優先案件を絞り込み、国は、これに補助金、交付金の要件として「維持補修・更新優先原則」を連動させることで、インフラ対策の実効性を高めていくような取り組みが求められる。

 <研究員プロフィール:佐々木陽一>☆外部リンク

 

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