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待機児童ゼロを導く規制改革とは何か

2013年05月02日 公開
2023年09月15日 更新

熊谷哲(政策シンクタンクPHP総研主席研究員)

公費に頼りすぎない受け皿拡大が不可欠だが

 待機児童ゼロ作戦の開始から12年。保育所の定員は当時の194万人から30万人以上増えたが、利用者はそれ以上に増加し、待機児童数は高止まりしている。こうした中、安倍総理は 『待機児童解消加速化プラン』 を発表した。来年までの2年間で20万人分の、さらに2017年度までに計40万人分の保育の受け皿を増やすことが計画の柱だ。加えて、これまで国の財政支援の対象となっていなかった認可外施設や小規模保育なども新たに対象とするなど、あらゆる政策手段を投入して待機児童ゼロをめざすとしている。

 この中身そのものは、民主党政権が 『子ども・子育て新システム』 で打ち出したものの焼き直しに過ぎず、決して目新しいものではない。だが、ここには育児に励む親にとって切実な願いがこめられている。よりよい子育て環境を実現するためにも、着実な目標達成が強く望まれる。

 保育所は運営費の7割以上を国と地方の公費負担に頼っている。そのため、これまでも予算の制約が定員拡大の足かせとなってきた。今回のプランは消費増税による収入の活用が見込まれているが、将来世代の負担を考えれば、公費に頼りすぎない受け皿拡大策が不可欠である。規制改革会議において保育サービスの規制緩和が最優先課題として取り上げられた背景には、こうした問題意識があったからだと思われる。ところが、これまでの議論の内容を見てみると、生煮えのような議論が散見される。

株式会社の参入排除が待機児童を生んでいるわけではない

 規制改革会議は4月17日に 『保育の論点整理』 を示した。おそらくは、この方向で最終答申がまとめられることになるだろう。この中で、株式会社などの参入拡大が検討課題として挙げられている(下記参照)。

1.保育環境の格差を是正するためのガイドライン策定
 自治体によって株式会社・NPO法人の認可保育所への参入状況が異なり、保育環境の格差につながっている。自治体の裁量により、設置主体が株式会社等であることを理由に認可しないことがないよう、政府がガイドラインを策定し、もっとも成果をあげている自治体(横浜市)並みの水準を目指すべきではないか。

 これに関して、厚生労働省が提出した資料 がある。4分の3以上の自治体がすでに株式会社の参入を認めているなど、参入排除が格差を生み出しているという相関関係は、ここからは必ずしも読み取れない。

 確かに、横浜市の企業立の保育園は152園と突出している。その大きな要因は、『民間保育所整備促進事業』 という補助事業を、2002年から独自で行ってきたところにあると思われる。これは規制緩和の成果というよりも、むしろ財政措置の問題だ。横浜市の成功例ひとつでこのような見解を示すのは、視点が偏っていると言わざるを得ない。

この緩和策では保育士の需給のミスマッチを拡大させる

 また、具体的提案のひとつとして、保育士の配置基準が取り上げられている。(下記参照)

・当面の間、保育士数は基準の8~9割程度とし、残りの職員を保育ママや幼稚園教諭等の免許保持者等を充てて質を確保する

・「児童福祉施設最低基準」上の定数の一部にパートタイムの保育士を充てることができる条件を柔軟化すべき

 保育士の登録者は約119万人に上るが、実際に保育所で勤務しているのは 40万人に満たない。にも関わらず保育士不足が深刻と言われるのは、「募集しても集まらない」「勤務したくても働きたい場所がない」というミスマッチが常態化しているからだ。目先の保育の「量」を確保するために認可保育所の保育士配置基準を切り下げることは、資格のない者や非常勤・非正規への置き換え、賃金の切り下げを招き、いっそう保育士の保育勤務離れを拡大させることにつながりかねない。少なくとも、保育士の待遇や職場環境の改善の議論もなしに、このように拙速な規制緩和を行うことは断じて避けなくてはいけない。

 他にも、これまでの規制改革や地方分権・地域主権改革の流れに逆行するような「ガイドラインの策定」を求めるなど、ピント外れの点が多く見受けられる。これまでの議事録を見ても、目先のことにとらわれている感が否めない。ともすれば、認可保育所を増やすことにばかり気をとられ、保育サービスのあり方全体を見渡せていないがために、財政的な影響を度外視したり、小手先の対策に陥ってしまっているかのようだ。

規制改革会議が為すべき3つの改革:評価・認証保育所・イコールフッティング

 では、規制改革会議はさしあたって何を為すべきか。

 まず第一に、規制改革の観点から、各自治体における待機児童解消の取り組みを評価づけすることだ。進度の甘い自治体を特定した上で、具体的な課題を住民や議会の前に明らかにする。国からのお仕着せのガイドラインなど策定せずとも、まさに「自治」の実践を促すことで意図は十分に達せられる。

 第二に、認可保育所にばかりとらわれず、保育サービスの総量の拡大を図るための規制のあり方を示すことだ。例えば、東京都は 「認証保育所」 という制度を独自に設けている。「認可保育所」は設置基準が厳格に定められ、公費による運営を基本とすることから制約が多いのに比べ、「認証保育所」は設置形態や定員数、保育士の配置、利用料設定などの面でより柔軟性が高く設置のハードルが低い。なおかつ保護者の満足度は肩を並べている。「認可」の限定的な規制緩和よりも、こうした自治体独自の「認可に準ずる施設」の設置を誘導することが、質の担保の面からも量の拡大の面からも効果的である。

 第三に、すでに閣議決定された改革事項の制度化を急ぐことだ。例えば、株式会社やNPO法人などの保育サービスへの参入を拡大するためには、社会福祉法人とのイコールフッティング(同等の競争条件)が不可欠となる。フォローアップ状況 はすでに明示され、新しい子ども・子育て制度を審議する内閣府の「子ども・子育て会議」で検討されることになっているが、その道行きは定まってはいない。この機会に、あらためて改革案の具体化を迫り、早期実現を図るべきである。

『子ども・子育て支援新制度』に規制改革の視点を打ち込め

 その「子ども・子育て会議」の議論を経て、早ければ2015年4月から 『子ども・子育て支援新制度』 が施行される。そこに盛り込まれることになる内容、例えば「保育に欠ける」要件に代わって設けられる「保育の必要性の認定」の基準や、「子ども・子育て支援給付」を受ける施設や保育事業の要件、先に挙げた東京都の認証保育所のような自治体独自の保育サービスの位置づけなどは、まさに規制のあり方に直結する。こうしたところにこそ、規制改革の視点が十分に反映されるよう、規制改革会議としての考え方を早急にとりまとめることがとりわけ重要だ。

 限られた財源を効果的かつ効率的に活用して、「質」と「量」の両立した保育の受け皿拡大となるよう、規制改革会議が果たすべき役割は大きい。具体的かつ骨太な提言をもって、改革の前面に立たれることを期待してやまない。

研究員プロフィール:熊谷 哲☆外部リンク

 

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