2013年05月15日 公開
2023年09月15日 更新
4月末、中国外交部(外務省)の報道官が記者会見において「釣魚(尖閣)は中国の領土主権にかかわる問題であり、核心的利益である」と述べたことから、中国政府が公式に尖閣を「核心的利益」と認めたとして日本国内の多くのメディアがこの件を報じた。その後、外交部のHPに記者会見の内容が記載された際には、上述の発言は訂正されており、尖閣が核心的利益なのかは曖昧なままとなっている。
核心的利益とは何を意味するのか、中国国内でどのような議論がされているのかについては、以前拙文で紹介したことがあるので、ご関心のある方はそちらをご参照いただきたい(※)。台湾、チベット、新疆ウイグルが核心的利益であることは間違いないが、それ以外に、具体的にどのような利益・問題が「核心的利益」にあたるのかということについては、実は中国国内でも意見が分かれており、明確な解答はない。ただし、最近では周辺諸国との摩擦の増加やナショナリズムの高揚を受け、尖閣や南シナ海の領土紛争までをも「核心的利益」と呼称する例が増えている。要は、核心的利益とは中国が他国に対し「これは中国にとって非常に重要な問題なので、介入してほしくない」と要求・強調し、威嚇する際に使う言葉である。
核心的利益を守るためには、中国は「武力の行使も躊躇わない」としており、もし中国政府が公式に尖閣を「核心的利益」と認めるようなことになれば、中国の武力侵攻の可能性が相当に高まったと見ざるをえない。しかし、中国にとっても、尖閣や南シナ海を「核心的利益」と正式に認めるのは政府の手足を縛ることにつながり、自らが掲げる「平和的発展」路線を(すでに相当傷ついているが)打ち壊すことになる。日米との本格的な武力衝突や、周辺諸国の更なる対中警戒による安全保障環境の悪化も望むところではない。
それゆえ、中国は少なくともしばらくは、尖閣が核心的利益なのかについては曖昧な態度をとり続ける可能性が大きい。「尖閣は核心的利益ではない」と断言できれば、中国の平和発展路線が実質的なものだとアピールする上で有効だが、中国の国内情勢がそれを許さないであろうし、そもそも現在の中国指導部に、そのような意思がどれほどあるのかも疑問である。むしろ、「尖閣を核心的利益と認定したのかもしれない」という懸念をあえて残し、メディアの記事などでちらつかせることにより、日本に圧力をかけ、譲歩を引き出そうとしているのだろう。
中国政府が核心的利益という言葉をどのように使用していくのかについては、今後も注意が必要だが、他方で、この言葉に過度に神経質になるのも考え物である。先述のように、中国は「核心的利益」という言葉を、相手に圧力をかけるために利用している。「尖閣が核心的利益かどうか」にやきもきしている時点で、すでにある程度中国側の土俵に乗せられてしまっていると言える。「中国が一方的に尖閣を何と呼ぼうと、こちらの知ったことではない」というくらいの心構えでいた方がよい。また逆に、尖閣を核心的利益と認定しているか否かに関わらず、現実に中国は、尖閣周辺への領海・領空侵犯を繰り返し、侵略を可能にするような能力の整備を急ピッチで進めている。日本としては、問題の鎮静化を図る外交努力をしつつも、脅威に備えやるべきことをやるだけ、というスタンスでいるべきだろう。
「核心的利益」という言葉がこれほど関心を集めるようになったのは、メディアの報道の影響が大きい。メディアが悪いと言っているのではない。政府が隠そうとしていること、曖昧にしようとしているものを明らかにすることは、メディアに求められている役割の一つである。ただ、「白か黒か」に焦点が当たりすぎ、それ自体が実際よりも重大な問題に見えてしまう現象が時に生じてしまうのも事実である。今後は、「尖閣は核心的利益か否か」という点だけでなく、もし核心的利益だという人がいれば、「それでは、蘇岩礁(韓国名・離於島。韓国と係争)、スカボロー礁(中国名・黄岩島。フィリピンなどと係争)、スプラトリー諸島(中国名・南沙諸島、複数の国と係争)、パラセル諸島(中国名・西沙諸島、ベトナムなどと係争)、カシミール(インドなどと係争)は核心的利益ではないのか」、「台湾は、いまや数ある核心的利益の一つにすぎなくなったと理解していいのか」という点などについても追究していただけると、より有用な情報が得られるのではないかと思う。
※ 「中国の『核心的利益』をどう解釈するか」(『PHPリサーチ・ニュース』2011年6月17日号 Vol.9 No.234)
※ 「中国における国益論争と核心的利益」(『PHP Policy Review』2012年2月)
<研究員プロフィール:前田宏子>☆外部リンク
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更新:11月22日 00:05