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広島の発信力は蘇るか

2013年04月26日 公開
2023年09月15日 更新

金子将史(政策シンクタンクPHP総研国際戦略研究センター主席研究員)

 先般、広島県の委託により日本国際問題研究所の軍縮・不拡散研究センターがまとめた 『ひろしまレポート』 が発表された。各国の核軍縮・核不拡散・核セキュリティに対する具体的な取り組みを分析するとともに、点をつける形でパフォーマンスを評価するものであり、黒澤満・大阪女学院大学教授や秋山信将・一橋大学教授など斯界の第一人者がプロジェクトに名を連ねている。

 こうした試みが広島から行われたことをまず歓迎したい。核兵器については、いかなる観点からもその意義を認めず即時廃絶を求めるという主張と核戦争はもちろん主要国間の通常戦争を抑止する効果を強調する主張との間に様々な立場が存在する。被爆地としての広島からの発信はどちらかといえば前者を強調する傾向が強いが、核軍縮・核不拡散、あるいは核廃絶は、それ自体が目的ではなく、平和を維持し、安全を高めるという目的を達成するための手段として評価される必要がある。核軍縮を推進して核兵器の数が減ったとしても、その結果核兵器が使用される可能性が高まるようなことになれば意味がないだろう。どのような立場を取るにせよ、いかなる選択肢が平和の維持や安全の向上につながるかを検討する共通の土台になるのは、『ひろしまレポート』のような現状についての信頼できる情報やデータ、そして基準を明らかにした上での評価である。報道によれば、早速広島県議会でも、評価基準をめぐって議論があったという。

 広島発の核軍縮・不拡散に関する実践的な研究や提言を求める声は今にはじまったものではない。1998年に発足した広島市立大学付属の広島平和研究所は、まさにそうした目的で設立されたものであり、国際的な知名度、発信力のある明石康・元国連事務局次長を初代所長に迎えたのも、そうした意気込みの現われだった。

 だが、広島平和研究所にとって不幸なことに、明石氏は就任後ほどなくして東京都知事選に出馬するために辞任してしまい、発足早々所長不在となってしまう。それでも、広島平和研究所は、1998年のインド、パキスタンによる核実験後、橋本首相や小渕外相のイニシアティブで始まった国際賢人会議 「核不拡散・核軍縮に関する東京フォーラム」を日本国際問題研究所と共催するなど、一定の成果を上げる。1999年7月に発表された報告書 『核の危険に直面して-21世紀への行動計画-』 は、日本発の現実的な提言として世界的な注目を集めた。

 残念ながら、その後の広島平和研究所には、東京フォーラムに匹敵するインパクトを持つ成果はみあたらない。スタッフの専門性やプロジェクトのテーマも核軍縮や核不拡散から拡散し、焦点を失ってしまったように見える。 『ひろしまレポート』 の作成には、広島平和研究所の水本和実副所長も参加しており、秋山教授も同研究所出身者だが、本来ならば、広島平和研究所こそがこうしたレポートをまとめる担い手として期待されていたはずである。核問題について客観的、包括的な研究を実施しながら、実効性のある提言をし、国内外の政策担当者と密接かつ緊張感のある対話を行っていくというあるべき姿からみれば、近年までの研究所のリーダーシップは明らかに適格性を欠いていた。

 より広い目で見ても、近年の核軍縮や核不拡散に関する広島から世界への発信は知的貢献やインパクトに乏しかった。2011年まで市長の座にあった秋葉忠利氏は、国際経験豊かな人物であり、「オバマジョリティ」なる造語で、オバマ大統領の「核なき世界」路線を後押ししようとするなど対外発信に熱心だったが、米国の核に厳しく北朝鮮や中国の核に厳しいという偏向は抜きがたく、市議会や県政との連携も構築できないままだった。秋葉氏が市長に当選したのは広島平和研究所創設直後の1999年のことだが、誕生間もない研究所を活用する姿勢も十分ではなかった。広島平和研究所が市の平和政策の知的バックボーンとなり、両者が手を携えて世界に発信していれば、広島平和研究所は世界的に評価される存在になり、広島の発言力も高まったのではないか。秋葉市長個人にとって平和政策の優先度は高かったものの、その具体的な成果については厳しい評価を下さざるを得ないだろう。

 現在の松井一實市長が、平和宣言に被爆者の体験を盛り込む方針をとっていることなどは、市民の感情に根ざした地に足のついたものといえる。松井市長は、冒頭で紹介した「ひろしまレポート」を発表するなど核軍縮・不拡散に熱心な湯崎広島県知事と、二重行政解消などと並んで平和政策で連携をはかってもいる。湯崎県知事が掲げる 「国際平和拠点ひろしま構想」 は、核軍縮・不拡散の前提として核兵器依存を低減するような国際環境が必要としており、まずは現実的な認識といえる。おりしも、昨年末には広島出身の岸田文雄氏が外務大臣に就任し、核軍縮を重視する姿勢を明確にし、4月には広島平和研究所の新所長として国際政治の名高い研究者である吉川元氏が着任した。核問題に関して広島の発信力を回復する好機といえるが、「手段と目的との間の生き生きとした会話」(高坂正堯氏)に基づいた知的示唆に富むメッセージや提案、研究が広島から生み出されるのかどうか、それにより理想主義者と現実主義者との生産的な対話が国内外でもたらされるのかどうか、真価が問われるのはまさにこれからである。

<研究員プロフィール:金子将史*外部サイト

 

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