2026年03月13日 公開

ニュートンやダーウィンをはじめ、多くのノーベル賞受賞者と世界的リーダーを輩出してきたケンブリッジ大学。その教育の根幹には、800年前から受け継がれてきた「学びの掟」がある。なぜ同大学は"コミュニケーションを中心に据えた学び"を重視してきたのか。ケンブリッジ大学教授・飯田史也氏に、その教育哲学を聞いた。
聞き手:編集部(阿部惇平)
※本稿は、『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。
――本書は、イギリスの名門・ケンブリッジ大学が約800年にわたる歴史のなかで培ってきた「学び」の仕組みと本質をまとめた一冊です。執筆の動機や経緯について、伺えますか。
【飯田】私はもともとロボット工学を専門とする研究者で、大学院までは日本にいました。その後、世界の大学を渡り歩くなかで、偶然流れ着いたのが、ケンブリッジ大学です。世界各国の大学を見てきた私でさえ、着任当初、ケンブリッジの特異な教育システムに心底驚かされました。国の文化・慣習の違いを差し引いても、こんなにも違うのか、と。
当時、ハーバードなどほかの名門校についての書籍は多かったけれど、ケンブリッジの「学び」を体系的に解説した本はエッセイを除き、私の知る限り見当たりませんでした。
そこで、教育の本質レベルまで掘り下げれば、何か共通する原理原則が見出せるのではないか。そう考え、執筆に取り掛かりました。もちろん、学びのかたちは学生の数だけあり、単純化が難しいことは十分承知していました。
――本書では、その原理原則を「ケンブリッジ流・学びの七つの掟」として提示していますね。
【飯田】詳細は本書に譲りますが、すべての「掟」に通底しているのは、「人と人とのつながり」を学びの中心に据えるということ。約800年の歴史のなかで受け継がれてきた教育哲学です。
ケンブリッジでは、教授と学生の距離が驚くほど近い。日本を含む多くの大学では、新入生と教授が親密な関係を築くことは稀です。ケンブリッジにおいては、両者がまるで家族のような付き合いをすることも少なくありません。
背景の一つには、世界でも数少ない「カレッジ制」を採用している点が挙げられるでしょう。ケンブリッジには29の学部生用のカレッジがあり、新入生は、原則としてカレッジの寮で生活します。教員も各カレッジに所属し、徹底した少人数教育を行なう。時にはプライベートの悩みに至るまで、密にコミュニケーションを重ねていきます。ほかにも、ケンブリッジには人と人との交流・対話を促す仕組みが随所に見られます。数百年にわたり、受け継がれてきた大学の伝統です。
――なぜケンブリッジは、「人と人とのつながり」を学びの中心に据えているのでしょうか。
【飯田】私が得た結論の一つは、人と人が出会い、対話を重ねたときにこそ、個人の思考の延長線上にはない学びが生まれるから、ということです。本書では、「学びの奇跡」と表現しています。大げさに聞こえるかもしれませんが、ほかに適切な言葉が見つからなかった。
ケンブリッジの「奇跡」を身をもって実感したのが、宗教音楽を専門とする同僚教員との出会いでした。
ケンブリッジでは、教員同士の関係もきわめて親密です。私の専門はロボット工学で、彼の研究とは一見まったく無関係。しかし、お互い家族ぐるみで付き合い、語り合うなかで、教育とは何か、感性とは何かという問いに、驚くほど共通点があると気づいた。その対話から「ピアノを演奏するロボット」という発想が生まれ、実際に大成果を上げる研究プロジェクトになりました。
なぜあのタイミングで、彼と出会うことができたのか。偶然と言えば偶然ですが、振り返ればまさに「奇跡の出会い」としか言いようがない。学生においても同様に、親密な関係性のなかから、個人の力を超えた学びが創発されている。ケンブリッジから数多くの才能が生み出されてきた所以です。
――一方で、勉強とは一人で黙々と取り組むものだというイメージも根強くあります。日本では2020年に『独学大全』(読者猿、ダイヤモンド社)がベストセラーとなるなど、「独学」に注目が集まりました。
【飯田】学びにはさまざまな方法があり、一人で勉強する時間ももちろん大切です。問題は、学びの軸足をどこに置くか。私が問いかけたかったのは、「独学偏重の姿勢によって失われるものは何か」という視点でした。
端的に申し上げれば、失われるのは「奇跡が起こる瞬間」ではないか。少なくとも私は、自分でも想像していなかった場所へ到達したい、という思いで研究を続けています。しかし、その地点は一人で積み上げた先にあるとは限らない。異なる価値観をもつ他者と出会い、対話を重ねるなかでこそ、個人を超えた学びが立ち上がるはずです。この視点は、学びを考えるうえで欠かせないものだと考えています。
――『独学大全』がベストセラーになったのは、コロナ禍の時期でした。外的要因で人と人とのつながりが制限された時期に、ケンブリッジではどのように学びを継続させたのでしょうか。
【飯田】とても大事なご指摘です。コロナ禍は、「学びの掟」をあらためて浮き彫りにする機会となりました。ケンブリッジは歴史上、14世紀の黒死病のようなパンデミック(疫病の大流行)を幾度か経験してきました。おそらく過去においても、そして今回のコロナ禍でも揺らがなかったのが、「コミュニケーションを止めてはならない」という教育の大前提です。
もちろん、試験や指導は対面からオンラインへと移行しました。しかし、学びをたんなる「独学」「自習」に置き換える選択肢はとらなかった。印象的だったのは当時、普及しはじめたオンラインツールを積極的に活用し、むしろ疎遠になりがちだった卒業生や関係者とのつながりをいっそう強め、教育に生かした点です。
――逆境を機に、「コミュニケーションを中心に据えた学び」をむしろ加速させたわけですね。
【飯田】はい。ケンブリッジでよく語られる、次の言葉があります。「変わることを恐れるな。変わることは自分を知ることだ」。そして「だからこそ、何を変えないのかを明確にせよ」。
当時のパンデミックは、「人と人とのつながりこそが学びの核である」というケンブリッジの教育の掟をあらためて確認する機会になったのだと思います。
――変化が激しく、価値観や生き方が多様化する現代だからこそ、歴史のふるいにかけられてもなお残るケンブリッジの「本質的な学び」が、多くの人にとって意義をもつのではないでしょうか。
【飯田】そのとおりです。現代は、昔のように決められたコースを進めば安泰という時代ではありません。選択肢が増えた分、何を判断基準にすべきかが見えにくくなっている。だからこそ、普遍的で本質的な判断軸が求められているのだと思います。
800年の歴史を経たケンブリッジの強さは、この「変わらない核」を持ち続けてきた点にあるのではないでしょうか。それが「人同士のつながりとコミュニケーション」という揺るぎない土台です。どれほど優れた才能をもっていても、基本的な対話や人間関係のルールを押さえていなければ、学びも人生もうまく機能しません。
ケンブリッジでは、定期的にフォーマルディナー(晩餐会)が開かれます。スーツ、ガウンなどの正装で教授と学生、ゲストがディナーを一緒にとることにより、個性的な学生も社交性やテーブルマナーを身につけ、フォーマルな場できちんと振る舞えるようになる。礼節など基礎の土台があるからこそ、自由に挑戦できるという考え方です。
たしかに、日本の大学には誇るべき研究や技術があります。しかし、文化や慣習の異なる人びとと対話する力という点では、まだ学ぶ余地があるのではないでしょうか。オンラインの発達によって、海外との距離は縮まりました。あとは、異なる人びととどうコミュニケーションを築くか。
世界と対話する力を育てることが、これからの教育にとって重要です。願わくは、本書がそのきっかけになればと思います。
更新:03月14日 00:05