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合理性のない規制の改良

2024年07月05日 公開
2024年12月16日 更新

大屋雄裕(慶應義塾大学教授)

公園内禁煙

喫煙所をめぐる問題を見ても、規制の強化ばかりが先行していることが窺える現在の日本。はたしてなぜ、おかしな法律が生まれているのか。現状を打開するうえで求められるのは、1990年代の選挙制度改革と同じ規模の国会改革である。(取材・構成:清水泰)

※本稿は『Voice』2024年7⽉号より抜粋・編集したものです。

 

公園内禁煙は正当か

――日本の喫煙規制の特徴として、路上などの屋外禁煙があります。なぜでしょうか。

【大屋】日本の場合、屋内より屋外の喫煙規制が先行したという経緯があります。20世紀末になって受動喫煙による害が指摘されるようになり、先進国では屋内に限った喫煙規制が導入されていきました。

「他者危害原則」(他者に危害を加えないかぎり個人の自由は認められる、という原則。イギリスの哲学者J・S・ミルによる)を規制の根拠とし、受動喫煙の害が発生しない屋外での喫煙はご自由に、というものです。

実際に私がロンドンに行ったときも、飲食店が入居する建物の中庭部分が喫煙可能スペースになっていました。日本でもその後の屋内規制では他者危害原則が重視されているのですが、先行した屋外規制の場合、ポイ捨てされた吸殻が目に余るといった美観の観点から規制が進められてきたのです。

――屋内と屋外とで規制の根拠が違うのですね。

【大屋】問題がいくつかあって、まず、美観の問題が特定の行為を禁止する根拠になりうるのか。これが根拠になるなら、見苦しい人が公園のベンチに座ってはいけないという規制が可能になってしまいます。

もちろん、その行為が社会的にマイナスなのであれば、一定の罰を与えることは許容範囲でしょう。たとえば放置自転車のように回収されたら回収手数料を払う、極端な場合には刑事罰の対象とするのがそう。しかし、喫煙後にきちんと吸殻の始末をする人の喫煙の自由まで奪う必要があるのでしょうか。

さらに屋内規制については一定の合理性はあるのだけれど、屋内・屋外両方の規制を進めてしまうと、喫煙可能な場所がほぼなくなり、事実上喫煙の自由を奪うに等しい。喫煙に害があるとしても、ある人にとっては愚行だとしても、他の人には喫煙の自由がありますから。私は非喫煙者ですが、飲酒はします。同じく愚行権の行使であるにもかかわらず、飲酒よりも喫煙規制が優先される状況には納得できません。

したがって、屋内・屋外の喫煙規制を共に進めることは、自由の剥奪になっているのではないか。とりわけ屋外の喫煙禁止は正当化されないのではないか。この二点に大きな疑問を抱いています。

――横浜市は、オープンエアの公園内でも喫煙を禁止する条例を検討しています。規制を拡大しすぎでは。

【大屋】屋内規制においても、換気量によって規制対象かどうかを区切っているケースが多いわけで、換気が十分なオープンエアの公園では常態化したポイ捨て、子供に火や煙を近づけるような極端な行為を除き、禁止する理由はないと思います。

 

過剰規制が招く外部コスト化

――他者危害原則を規制の根拠としてきたはずの先進国で、気になる動きがあります。イギリスの下院が2024年4月、2009年以降に生まれた人が生涯にわたってたばこ製品を買えなくする法案を可決しました。今後、下院で最終審議を行ない、上院でも可決されると法律が成立します。2022年12月には、前労働党政権下のニュージーランドで同じタイプのたばこ販売禁止法が可決されています。

【大屋】イギリスの法案はスナク前首相が主導したとされていますが、採決では労働党も賛成に回る半面、トラス元首相を含む複数の与党保守党幹部が反対票を投じたと報じられています。ニュージーランドでは、政権交代した国民党政権が2024年2月に法律を撤回し、発効を阻止しようとしています。

――愚行権の行使を認めず、喫煙の自由を奪う法案がなぜ可決されてしまうのですか。

【大屋】喫煙の害が大きいので、たばこへのアクセスを根本的に断つべきだという議論を受け入れている人がけっこういるからでしょう。危険薬物の規制と同じ考え方なんですね。医療用大麻だけでなく娯楽用大麻が解禁される時代に、です。

もう一つは、喫煙で病気になったときの医療コストを非喫煙者にも負わされるのは納得できない、ということもあるようです。でも、それを言い出すと登山する人の捜索経費、とくに警察分は登山しない人にも転嫁されるので、登山禁止になってしまう。

コストなどの社会的影響だけで、規制を正当化するのは困難ですし、おそらく害があり、臭いから、というだけの理由で個人の自由を奪うことは好ましくない。

――大阪府・市が2025年大阪・関西万博の開催に合わせて喫煙規制を強化しようとしています。大阪府は喫煙可能な小規模飲食店の客席面積を国の基準である100㎡以下より厳しい30㎡以下に、大阪市は市内全域を路上喫煙禁止とする条例制定を予定しています。

路上全面禁煙の方針に対して市内の商店会などで構成される大阪市商店会総連盟は、市内に必要な喫煙所数を367カ所とする調査結果を発表。しかし、大阪市は喫煙所の設置目標を120カ所程度としており、喫煙所不足による商店会への悪影響は年間252億円に達する、と試算しています。

【大屋】設置目標が少ない理由は詳しく把握していませんが、喫煙所がたくさん必要であることは誰も否定しないでしょう。ただ、同時にNIMBY=Not In My Back Yard(わが家の裏庭には置きたくない)というニンビズムを主張する傾向にあるのも確かです。

――喫煙所をつくるなら人の往来が多い場所でないと意味がないわけで、街のあちこちに設置しないといけない。これを調停するのが行政だと思うのですが、規制強化ばかりが先行しています。

【大屋】現状の喫煙規制のうち、屋内喫煙規制のあり方についても大きな問題が二点ある、と考えられます。

一つは、病院や学校のように、若者、病人が出入りする施設の敷地内は禁煙が義務付けられ、「施設を利用する者が通常立ち入らない場所」に設置される特定屋外喫煙場所を除き、喫煙所自体を設けることができないこと。

慶應義塾大学三田キャンパスも全面禁煙ですが、近隣に煙は漏れ出しているんですね。たばこを吸いたくなった学生がキャンパスを出て、近くの道端で一服してしまうから。吸い殻の始末はきちんとしていると信じたいところですが、大学内から喫煙所を一掃した結果、リスクが外部化し、煙や灰により近場の路上、コンビニ前などで迷惑を掛けてしまうケースがゼロではありません。

一定の割合で喫煙者がいる以上、利用者の喫煙対応コストは各施設が負担するのが、本来の姿だと思います。改正健康増進法の規制はそのコストを外部化する結果になっていて、合理性に欠けています。

――駅構内のゴミ箱が撤去され、周囲やコンビニで捨てる行為が横行しています。

【大屋】飲み物の自動販売機の横にはゴミ箱が設置してあるように、排出元に処理の義務を負わせることが社会のなかのコスト配分としては正しく、事業者の良識だと思います。

もう一つは、他者危害原則が受動喫煙規制を正当化する根拠である以上、たばこを吸いたい人だけが集まる空間で喫煙を禁止する必要はないはずです。

大阪府の条例案の内容を見ると、客席面積30㎡以下の主食を供用しないバー、スナックといった限られたかたちでの店舗内全面喫煙しか認めていない。喫煙しながら食事したい人の選択の自由をなぜ排除する必要があるのか、理解できない。

喫煙喫茶を名乗り、ご飯ものだろうが麺類だろうが提供し、紙巻きも加熱式も喫煙可能という空間をつくったとして、利用者に明瞭に表示されているならば、誰の権利も侵害しないわけです。

客席面積も同様に、分煙可能な面積だからといって、分煙しなければいけない理屈はないでしょう。全面禁煙でも全面喫煙でも、利用者の誰もがわかるように表示されていれば、望まない受動喫煙は発生しないと思います。一定面積以上の場合は分煙せよというのは構わないけれども、一律の全面禁煙であるとか、喫煙化できる業態を一定のものに限る現行規制は過剰といえます。

 

間接民主制の強みと日本の弱点

――そうなんです。だから、何か街中あまり規制がうまくいっていないなと感じます。また、規制とイノベーションの関係について、イノベーションが規制と相性がよくないのはなぜですか。

【大屋】イノベーションによる新技術の登場がつねにリスクを生み、そのリスクは社会にとって馴染みのないものなので、過剰・過大に受け止められるからです。たとえば、京都で1895年に日本初の路面電車が開通したんですが、見慣れぬ電車が街に入ってくるのが怖いと、赤旗を持った係員が路面電車の前を走って注意喚起していました。

リスク計算を完全に間違えていた事例で、その規制は数年後に撤廃されます。路面電車にはねられる一般人よりも、その係員がはねられる数が多かったからと言われています。もし規制が維持されていたら、路面電車や乗合バス(日本初は1906年)は時速4㎞までに制限され、イノベーションが大いに阻害されたでしょう。

見慣れないものを警戒するのは人間の本能的傾向なので、民意を背景にある程度の規制が導入されるのはやむをえない。しかし、だからこそ立法府というのは、民意からの独立性を与えられている。直接民主制を採用しないのは、民意の盛り上がりには間違いや行き過ぎが含まれている、とわかっているからです。燃えやすく変化しやすい民意のなかから、意見を取捨選択して政策に反映させるのが、間接民主制という装置の大きな役割だと思います。

――人類の知恵ですね。

【大屋】政治学者の待鳥聡史・京都大学教授が指摘されていることですが、アメリカの連邦政治制度はまさにそのように設計されている、と。つまり2年という短期の民意の変動を受け止めるのが下院で、6年というある程度長期トレンドの民意を受け止めるのが上院。中間の4年で入れ替わるのが大統領。

異なる周期の民意を受け止めた立法府と行政府を組み合わせて権限を配分することによって、政治の安定性と同時に、民意を受けて変わらなければならない揺らぎの性格との両立を図っている、という趣旨のことを述べておられます。

法学者の私が付け加えると、さらに連邦最高裁があります。連邦最高裁の判事は大統領が指名し、上院の承認で任命され、終身制です。いったん任命されるとおおかた20年くらい務めるので、入れ替わりまでの期間が長い。しかも9人の合議制ですから、超長期の民意の変化が緩やかに反映される仕組みです。

――日本の政治は、イノベーションで生じるリスクをきちんと政策に反映できているのでしょうか。

【大屋】イノベーションのリスクを政策に変換するときには、正確なアセスメントをすべきです。さらにいうと、リスク自体も変動します。隠れていたリスクが露呈することもあれば、対応する技術が発明され、リスクを過大視する必要性が消えることもあります。

それらに応じた政策の見直しと規制の見直しを同時にしていかなければ適切な規制はデザインできず、イノベーションを阻害する側面がどうしても出てきます。しかし日本の場合、この規制の見直しがたいへん弱い。

――その理由を教えてください。

【大屋】日本固有の問題ですけれども、立法府が混んでいるんです。理由は先進国でほぼ唯一、日本の議会だけが会期制を採用していること。しかもその会期が短いため、議事に使える時間がもともと限定されているという特徴があります。

会期制だった先進国のほとんどは会期制度自体を廃止したか、イギリス議会のように選挙から選挙までを一会期と考え、常時国会が開いている状態が基本です。交通インフラの整った現代では移動が障害になることもないのですから、当然の変化です。

ところが日本は会期制が残った結果として、通常国会一回ごとに各省が出せる法案の数が限定されており、ある合併省庁では20本程度だそうです。その少ない枠を元の省庁で分け合うと、各部門からは10本ほどになってしまうとか。

そうなると、各省庁としても直ちに問題になっているもの、世論が注目している法案の提出が優先され、まだ顕在化されていないがそのうち問題になるかもしれない、という課題への対応はどうしても後手に回ってしまうのです。

 

拙速に法律をつくりすぎる

――通年国会にしない理由がわかりません。

【大屋】改革が進まなかった理由は、会期制で終わりがあることが野党側にとって重要な政治資源だから、ということになります。会期末まで費やした法案で、継続の手続きが取られていないものはすべて自動廃案になってしまう。なので、野党側としては議事進行に抵抗して日程闘争を行なうわけです。

政府側が何とか通したい法案については交渉して一定の譲歩を獲得し、アピールするのが、55年体制下での典型的な野党の振る舞い方でした。会期制をいきなり廃止することには、法案をストップする手段を失ってしまう野党側がむしろ反対するでしょう。

――万年野党だとそうなりますね。

【大屋】政権交代のある先進国では、野党の抵抗手段を野放しにしておくと、自分たちが政権を取ったときに同じく妨害に遭います。ですからお互い妥協し、野党の日程闘争の可能性を残しつつも、ほどほどのところで与党主導の政治ができるような議会運営・議事進行ルールが形成されていくわけです。

ところが日本では安定した政権交代がついぞ成立していないため、与野党の妥協に基づくルール形成が進みません。

――法案の優先順位が落ちる問題とは、どのようなものですか。

【大屋】立法事実といいますが、現に被害者が出たり事故が起きたりしないと立法システムが動かない、というのが実態です。そして立法事実があると拙速に法律をつくりすぎ、ミスやエラーもときどき発生します。

私が「やらかした」と思っているのは、ドローンを航空法で規制したことです。2015年に首相官邸の屋上に放射性物質を搭載したドローンが落下した事件を受け、急遽取り締まる法律をつくれ、国交省担当だという話になりました。何もないところから法律をつくるのは大変なので、いちばん近そうな航空法のなかにドローン規制を盛り込んでしまった。

しかし、墜落すると数百人規模の犠牲者が出る航空機と、物的破損程度にとどまる民間ドローンを同じ法律で扱うのは、いくら何でも無理があります。さらに航空法は、国際的な制約がきわめて大きい。法律のかなりの部分は国際法や国際条約、国際機関の決定に拘束されます。国際法と国内法を同じ器に入れてドローン規制をしたのはいかにもまずかった、と私は見ています。

 

イノベーションを阻害しないために

――規制が強すぎて、ドローン技術や活用方法の発展を阻害した可能性がありますね。諸外国と比べて立法府が重いという特徴は、国内ではあまり理解されていないですね。

【大屋】自動運転といったAI(人工知能)技術の社会実装が具体化するにつれ、この問題が表面化してきました。いまの法律は人間が執行することが前提なので、あまりにも自明で常識的なことは書かれていなかったり、明確に規定していなかったりします。

高速道路の規定などは典型で、本線の最高速度はだいたい100kmに対して、一般道は60kmが上限です。料金所を通過して本線に合流するまでの部分はじつは一般道で、60とか40kmの規制でした。

しかし墨守すれば危なくて合流できないから、誰も守らない。全員違法だけども、法律のほうがおかしいので放置されてきました(2022年の法改正で高速道路の定義が変わり、現在は適法になりました)。

人間が処理執行していると発見されない法律のバグが、自動化や機械化によってますます見えてくると思います。立法する側も法律の見直しを適宜進めていかないと、かなりのイノベーションの阻害を起こすだろう、と危惧しています。

――通年国会にすれば対応できますか。

【大屋】通年国会にするだけでは対応できないでしょう。

EU(欧州連合)では、欧州委員会の提出したAIに対する規制案が、2024年3月に欧州議会で可決されました。日本はいまのところ法規制ではなく、ガイドラインで対応しようとしています。

一度法規制をつくると、あとで容易に直せないことは自覚していて、進化の早い領域では迂闊に法律をつくりたくない、と考えている関係者が多い。EUにしても、2年前に生成AIを予測した人はいなかったでしょう。

だからEUのAI法は最終段階で、生成AIに対応するために相当の修正をしました。それをやり切るマンパワーをきちんともってるわけです。わが国の政治に、そのマンパワーがあるといいのですが。

――どうすれば解決に向かいますか。

【大屋】90年代の選挙制度改革と同じ規模の国政改革を考えないかぎり、問題は解決しないでしょう。近現代の日本で国政が大きく変わったのは明治維新と敗戦、バブル崩壊+冷戦構造の終結。要するに負けるか、「このままだと生きていけない」と悟ったときの爆発力の2つです。きっかけは外圧としての台湾有事かもしれませんし、経済敗戦なのかもしれません。

 

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