2025年08月29日 公開

依然として手つかずの総力安全保障の議論。その重要性については、先の大戦での敗戦、そして戦後の日本の歩みを振り返ればよくわかる。東アジアの緊張が高まるいま、問われることとは。
前編では、戦後日本における日米同盟対等化の歩みを振り返った。本稿は後編として、日本がいま直面する課題──シーレーン防衛をはじめとする喫緊のテーマを取り上げる。
※本稿は前後編の後編です。『Voice』2024年9月号より抜粋・編集した内容をお届けします。
安倍政権の業績として、集団的自衛権行使是認の憲法解釈がまず挙げられるが、後世それよりも評価されるのは、おそらく国家安全保障会議(NSC)の創設であろう。戦後、一貫して平和を享受してきた日本では、有事において、民主主義の政治過程のなかで、民選の総理が政府と国民を指導し、同時に戦闘集団である自衛隊の指揮を執ることが、どういうことかを理解している人が少ない。
まず外交で味方を増やし、敵を減らし、最強の同盟国と手を結び、紛争の芽を摘むための国家戦略が要る。そのうえで軍備を整え(防衛戦略)、万が一に備えて軍事戦略を練るのが安全保障戦略の体系である。外交と軍事は車の両輪である。外交と軍事を総括しているのは総理大臣しかいない。戦後初めて、総理の下で、外務大臣と防衛大臣が親しく頻繁に意見を交わす場ができた。それがNSCである。
戦前の体制は酷かった。総理には統帥権がなく、立憲君主の天皇にかたちだけ統帥権が帰属した。陸海軍の統合作戦を練るはずの大本営は、戦争開始時に急ごしらえで設置されるだけの仮設組織で、陸軍参謀本部と海軍軍令部は事実上放し飼いだった。そして、両者は犬猿の仲だった。軍政を司る陸軍大臣、海軍大臣は、総理大臣に辞表を出して後任選出を拒否すれば、軍部大臣現役武官制度の下で、いつでも内閣を潰すことができた。
政府と大本営の連絡会議であった大本営政府連絡会議(1944年に最高戦争指導会議に改称)は、だらだらとした小田原評定しかできなかった。もっともお苦しみになったのは、「下剋上」に悩まれた昭和天皇ご自身であったはずだ。
有事の総理は、同盟国の指導者と協議し、同時に自衛隊を戦略指導することが求められる。しかし、それよりも何よりも、戦争の大義に国民の支持を取り付けて、国家全体を指導することが総理大臣の一丁目一番地の仕事である。
日本でも近年、総理大臣の権限が強化されてきた。総理が統率する内閣制度は、森喜朗内閣の内閣法改正により大きく強化された。安倍政権下で発足したNSCは、この強い内閣制度の下で生まれた。総理が、平時のみならず有事において、内政と外政と軍事をすべて総括できる仕組みがようやく整ったのである。
自衛隊の指揮命令系統も整理されてきた。戦時の作戦行動の最高指導者である総理大臣を支える統合幕僚長のポストができたのは2006年である。陸上自衛隊の最高指揮官のポストである陸上総隊司令官が創設されたのが2018年だ。
そして2024年に、ようやく自衛隊総軍を指揮する常設の統合作戦司令官が創設され、隷下(れいか)に統合作戦司令部が誕生した。最高指導者の総理の指示が滞りなく下りていく指揮命令系統が、戦後79年経って、ようやく完成したのである。
民主主義国家は、みずからの存立が危うくならないかぎり戦わない。誰でも戦争は嫌がる。しかし、民族の存亡がかかるとき、敵の侵入は阻止せざるを得ない。その責任は、政府と自衛隊の双方を預かる総理大臣ただ一人の肩の上に巨石のようにのし掛かる。民選のリーダーが、国家と国民と自衛隊を統率してこそ、日本は戦える。そのための制度構築が遅まきながら進んできた。「戦える民主主義国家」になれるかどうかが、いま、問われているのである。
筆者は5年前に総理官邸を去るとき、同僚の国家安全保障局幹部に対して、「日本の安全保障は未だ4合目だ」と言い残してきた。積み残してきた課題は山ほどある。小林鷹之大臣の下で経済安全保障法制が成立したことは嬉しいニュースである。そして現在、高市早苗大臣の下でセキュリティ・クリアランス法も成立した。次は能動的サイバー防衛の議論が俎上にのらなくてはならない。
しかし、その向こうには、まだまだ手付かずの深刻な問題が多く残っている。79年間の平和のなかで惰眠をむさぼってきたツケである。第二次世界大戦の前、日本では総力戦研究所が立ち上げられ、対米戦争は負けるという結論を出した。
しかし、第二次世界大戦開始早々のフランスの敗戦を奇貨として行なわれた仏印進駐は、当時、ローカルな戦争だった日中戦争の枠を超えていた。フランスやオランダの敗戦で力の真空となったアジアにおける日本の膨張を恐れた米国は厳しい経済制裁を科した。日本の答えは、短絡的な真珠湾攻撃だった。
戦後79年、国家安全保障体制の構築、日米同盟の対等化は進めてきたが、じつは、総力戦の検討はしたことがない。武門の国である日本では、戦闘ばかりに目が向きがちである。銃後の支えが薄っぺらなら、戦争は必ず負ける。
台湾有事は、米中日台(場合によっては豪韓英も)といった世界のトップクラスの経済大国が衝突する。円は暴落し、株も暴落し、油価は跳ね上がるであろう。中国ビジネスを営む企業は巨大な赤字を計上するであろう。長い苦しい戦いになる。銃後の日本経済に継戦能力はあるのか。
紙幅も限られているので、ここではシーレーン問題を取り上げたい。太平洋戦争では、ろくに防護もしなかった日本商船隊を米海軍に壊滅させられ、飢餓のなかで屈服させられた。いまでもエネルギーで9割近くを海外に依存し、カロリーベースの食糧で6割以上を依存しているにもかかわらず、日本政府はシーレーン防衛についてまじめに取り組んだことがない。
シーレーンは、日本列島に垂れ下がる数千キロの裸の動脈である。北米、豪州、湾岸、欧州へと、4本の動脈となるシーレーンが日本経済を支えている。そのうちの北米航路を除く3本のシーレーンが南シナ海を通る。まさに台湾有事で戦場となる海域である。
台湾有事になれば、ロイズなどの船舶保険会社は直ちに南シナ海や東シナ海を通る船舶への船舶保険の付保を拒否し、船主は一斉に船舶の貸し出しを拒否するであろう。台湾有事になれば対中貿易が途絶する可能性が高いが、それに加えて、そもそも南シナ海のシーレーンが全部使えなくなる。
シーレーンとは海のことではなく船のことである。1億2000万人が暮らす日本の経済を支えているのは日本に入港する年間たった約4000隻の船である。その内の約2000隻が日本商船隊(日本の外航海運会社が運航する2000総トン以上の外航商船群)であり、そのなかの300隻弱が日本籍船である。
この約4000隻の船が守られなければ、日本はふたたび物資とエネルギーの欠乏に追い込まれて国民生活は窮乏する。シーレーン防衛は喫緊の課題であるが、政府の動きは鈍い。軍事だけではなく、国力のすべてを挙げて戦争を抑止するという体制を組まなければ台湾有事に備えることはできないのである。
総力安全保障へと安全保障の議論の幅を広げることが、いまの日本にとって喫緊の課題である。有事のあとに国民に対して「想定外」を繰り返すような政府は、決して許されないはずである。
更新:09月07日 00:05