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その時NATOは何をしたのか? ロシアによるウクライナ侵攻のロジックを考える

2025年07月11日 公開

吉崎知典(東京外国語大学大学院総合国際学研究院特任教授)

NATO

地政学は、地理的な条件と政治、経済、社会、軍事といった分野の相互関係を分析する。日本の指導者と海外の指導者の間には、地政学と不即不離の関係にある軍事的知識について大きなギャップがあり、日本の指導者が国際情勢を理解する際の盲点となっているのではないか。

本稿では、東京外国語大学大学院総合国際学研究院特任教授の吉崎知典氏に、「NATO」とロシアによるウクライナ侵攻について、地政学の観点から分かりやすく解説して頂く。

※本稿は、折木良一編著『自衛隊最高幹部が明かす 国防の地政学』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです

 

冷戦後のNATO任務の変遷

NATOによる危機対処作戦

現在のNATOの取り組みを検討するにあたり、まずはロシアによるウクライナ侵攻までのNATO拡大の流れを確認してみたい。冷戦後のNATOの活動を振り返ってみると、任務の内容という点からも、また地理的に見ても、この同盟が「拡大」してきたことは一目瞭然である。

冷戦が終わった1990年代、NATOは主に「武力行使の容認決議」、つまり国連安全保障理事会の決議を経て、特定の任務のために介入する形が主流だった(表参照)。ユーゴスラビア紛争への対処が主な活動だったが、5万〜6万人規模の「平和執行部隊」や「平和安定化部隊」を派遣する活動を、NATOは冷戦後の約10年間継続的に実施していた。

5万人規模の部隊を長期間維持するのは容易ではなく、結果としてNATOはより多くのパートナー国の助けや物資が必要になり、この軍事同盟は、ユーゴスラビア紛争への介入を通じて自然に拡大していった。

2001年に始まったアフガニスタンでの任務は欧州外での初の活動となり、地理的にもNATOの活動が欧州から中央アジアまで拡大した。ここでは国際治安支援部隊(ISAF)として安定化のための軍事ミッションに従事したが、最大で13万5000人、40カ国以上が参加する部隊を展開することになった。 

NATOは、13万5000人の部隊を内陸のアフガニスタンで活動させるために、主にパキスタン経由で支援。そのため、同国カラチ港まで海上輸送能力やそこからアフガニスタンまでの長く危険な陸上輸送能力が必要になり、多くの国々との連携が不可欠となった。

日本も海上での給油任務でISAFを支援したように、アフガニスタンで40カ国が関わる大規模な任務に関与したことは、NATOの任務や活動範囲だけでなくネットワークの拡大にも大きく寄与したと言える。

2011年のリビアでの任務は初のアフリカでの活動だった。国連安保理の武力行使容認決議に基づく空爆作戦だったが、地上部隊の派遣は含まれなかった。 

こうした冷戦後のNATOの活動と比較すると、ウクライナに関しては武力行使を容認する国連安保理の決議もなく、平和維持部隊(PKO)のような任務も、空爆もなく、紛争後の関与も現時点では想定されていない。

つまり、冷戦後のNATOは中国やロシアといった敵国や競争相手との本格的衝突を想定しておらず、むしろ小規模で限定的な介入が任務の中核だったが、今回は過去二十数年間やってきた経験とはまったく違う形での対応を余儀なくされている。

2014年2月、ソチオリンピックが閉幕した直後に、ロシアがいわゆる「ハイブリッド戦争」でクリミア半島を併合した。ロシア西部軍管区と中央軍管区で省庁間連携と軍相互の連携強化のための「抜き打ち査察」と称して、腕章を付けずに覆面をしたいわゆる「リトル・グリーンメン」が住民保護のためクリミアの空港やテレビ局を占拠。その後、住民投票を実施してロシアへのクリミア編入を決定した。

この事態を受けてNATOは、ハイブリッド戦争をどのように抑止するのかを研究し、当時ロシアによる軍事介入に脆弱だと考えられていたラトビアやエストニア等、バルト三国の防衛態勢の強化に取り組んだ。

具体的にはこれらの国々に米国、イギリス、カナダやドイツの軍部隊が「トリップワイヤー」として前方展開する形をとり、これらの国々を守るシグナリング(意思表示)をしたのである。この枠組みを使ってドイツ軍は、リトアニアに戦車レオパルドⅡを前方展開させている。

 こうしてNATOは2014年以降、戦略的コミュニケーションを意識しながらロシアに対する抑止の再構築を試みていたのだが、ウクライナ侵攻を抑止することはできなかった。これにはロシア側の決意や態勢、誤算もあったと思われる。

 

西側と同じロジックを使うロシア 

次に、ロシア側の視点も確認しておきたい。
これまで見てきたNATOの活動をロシア側から見ると、主に3つの論点が考えられる。

1つはロシア側の「決意」の強さである。それからロシアは彼らなりの普遍主義的な論理に基づいて行動していた点も見逃せない。さらにアフガニスタンでのNATOの失敗を踏まえて、ウクライナの体制転換が容易にできるだろうと考えて決意した可能性が考えられる。 

プーチン大統領の軍事介入に対する決意やウクライナに対する思い入れについては、あらためて詳細を説明する必要はないであろう。ロシアは、ベラルーシ国境地域から首都キーウに攻勢することのインパクトを考え、実際の軍事的な展開でも地理的な範囲はウクライナ全土に及んだ。

航空攻撃や長射程ミサイルの使用と並行して、キーウを攻撃した背景には、アフガニスタンの首都カブールが瞬く間に陥落したことが影響していたのではないかと推察される。

2つ目にロシア流の人道的介入の論理も、今回の攻撃を正当化するロジックとして強調されていた。この背景には、冷戦後のNATOの拡大によってロシアの利益が蔑ろにされてきた歴史や、NATOが実際にユーゴスラビアやリビアで人道的介入を理由に戦争を行なってきたことが挙げられる。

プーチン大統領は、これまでNATOが軍事介入を正当化させてきたのと同じロジックを用い、ウクライナ東部ドンバス地域のロシア系住民に対する虐殺(ジェノサイド)の存在をアピール。そして、「ウクライナの非武装・中立化と非ナチ化」という言葉を使い、ソ連時代にドイツのヒトラーのナチズムに勝利して非ナチ化やドイツの武装解除を実施したときと同じ正義の戦いだ、という論理を展開した。

ロシアは実際、「文民保護(Protection of Civilians)」という言葉を使ったが、これは国連の用語でありNATOもたびたび用いてきた。その同じ言葉とロジックを利用することで、ロシアは自分たちの軍事介入を正当化できる、少なくともNATOがやったことと同じである、と主張したのである。

3つ目に「体制転換(Regime change)」も、まさに東欧の民主化やNATOの東方拡大のなかで西側が進めてきたことであり、リビアでもNATOによる軍事介入の結果、体制転換を実行した。自由主義、民主主義、人権、市場経済、法の支配といった論理を使い、NATOやEU(欧州連合)はロシアの権利を犠牲にして拡大を続けてきた。

彼らに許されたことをロシアがやって何が悪いと、プーチン大統領は同じロジックの下でウクライナの体制転換を進めようとしたものと思われる。

2021年8月にアフガニスタンで、NATOの安定化作戦、平和構築の試みが悲惨な形で失敗したことで、ロシアは自分たちの立場が強くなったと考えた可能性もある。

この延長線上でNATOは早々にウクライナへの不介入の姿勢を示し、とりわけ同年12月にバイデン大統領が米軍をウクライナに派遣することはないとプーチン大統領に伝えたことが、ロシアに対する「ゴーサイン」として受け止められた可能性は否定できない。

NATOや米国が相手方に対して誤ったメッセージを送ってしまう、戦略的コミュニケーションの失敗例であったと考えられる。

いずれにしてもロシアは、これまで欧米諸国やNATOが軍事介入を正当化する際に使ってきたロジックや用語を使うことで、彼らなりに自分たちの行動を国際的に正当化しようと努めてきた。

欧米や日本のような民主主義諸国ではほとんど受け入れられないようなロジックであっても、いわゆる「グローバルサウス」と呼ばれる途上国や新興国においては一定の効果を上げている。

これに対してNATO側はウクライナ危機後、結束して抑止の立て直しに取りかかったのだった。

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