
世界では人種・人権差別撤廃の動きがある一方、「自国第一主義」などによって差別を正当化する動きも存在している。果たして人権差別を一掃することは不可能なのだろうか。
本稿の冒頭では、「公式見解」ではない、場合によっては悪意に満ちた分析や陰謀論をささやく「悪魔のささやき」。そして、正統で常識的ながら、往々にしてあまり面白くもない分析や結論をさえずる「天使のさえずり」を紹介する。
天使のさえずりが常に正しく、悪魔のささやきが常に間違っているという保証はない。悪魔と天使の意見が出揃った後、人権・人種問題の現状を著者が詳しく解説し、最善と考えられる解答を示す。
※本記事は宮家邦彦著『トランプ2.0時代のリアルとは? 新・世界情勢地図を読む』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。
人権は、自由、民主、法の支配などと並んで、日本を含む西側主要国が重視する普遍的価値の不可欠な要素の一つです。しかしながら、現実の世界では、開発途上国を中心に権威主義的な国家で人権が侵害される例が後を絶ちません。
特に、中国のウイグル人に対する人権侵害は国際的にも厳しく批判されています。更に、主要先進国でも、少数民族に対する差別や反移民運動など、人権侵害のケースが増加傾向にあります。
●悪魔のささやき
①奴隷制度から第2期トランプ政権の反移民政策まで、史上最大の人種差別国は実はアメリカであり、この国から個人レベルの人権侵害や人種差別を一掃することは事実上不可能に近いだろう
②中国、北朝鮮、ロシアなどが国際的な批判を無視し、組織的に行っている人権侵害や少数民族弾圧は許されないが、現実には、中国、ロシアが拒否権を有する国連がこれを是正することは不可能に近い
③更に、その他の主要国・途上国内でも差別や人権侵害は厳として存在し、特にイスラム圏での女性に対する差別、ヨーロッパでの移民排斥運動など、深刻な政治問題を惹起する差別は今後も続くだろう
④各国で勢いを増しつつある「自国第一主義」、ナショナリズム、ポピュリズムは、人権侵害や人種差別を正当化する最も直近の例であり、人権侵害や差別をなくす努力の流れに逆行するものである
●天使のさえずり
①古代から人間は差別する動物であり、人類は「他を差別する」ことで「生き延びてきた」種族である
②差別を一掃することは難しいが、まずは関係国が「差別」があることを公式に認めることが必要である
③その上で、差別解消に向け公開の場で議論し、具体的な法的・社会的措置をとる必要がある
④しかし、最近の反差別運動は極端化・過激化しており、その分ナショナリズムを助長していることも事実である
①人権侵害、人種差別とは何か
人権については、1948年に国連総会で採択された「世界人権宣言」が1966年に法的拘束力をもつ「国際人権規約」に格上げされました。更に、1979年には国連総会で女子差別撤廃条約が採択されています。「人権侵害」とはこれら国際法が定める人権を侵害する全ての行為を意味します。
また、人種差別撤廃条約は「人種差別」を「人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するもの」(第1条の1)と定義しています。
②ウイグル問題は人権侵害、人種差別なのか
数年前から、中国の新疆ウイグル自治区での人権侵害を「ジェノサイド(民族集団虐殺)」だと批判する声が高まりつつあり、2022年の北京冬季五輪開会式ではアメリカなど一部西側諸国が外交ボイコットを表明する騒ぎになりました。
同年8月、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、5月のバチェレ国連人権高等弁務官の訪問に基づき、中国が新疆ウイグル自治区で少数民族に対し「深刻な人権侵害を実施」しており、「人道に対する罪に当たる可能性がある」とする初の報告書を発表しました。
一方、中国側は強く反発しており、国際社会の非難に対しては、「人権を盾にした内政干渉は認められない」と批判しています。また、アジアやアフリカの開発途上国の一部には中国を擁護する国も少なくありません。人権よりも安定を重視する中国が政策を変更する可能性はないでしょう。

③人種差別の国アメリカに中国を批判する資格はあるか
アメリカも偉そうなことは言えません。2020年には、アフリカ系アメリカ人ジョージ・フロイドが路上で拘束中に白人警官によって窒息死させられた事件を受け、アメリカ全土で抗議運動が起きるなど、近年、アメリカでは、人種差別やユダヤ系など少数派に対する偏見・暴力が増加する傾向にあります。他国を批判する前に、自国の人種差別や人権侵害を解決せよ、という批判はそれなりに説得力があります。

④国連人権委員会は機能しているのか
国連には総会下部機関の常設理事会の一つとして「人権理事会」が設置されています。以前の人権委員会(UNCHR)を改組・発展させた組織であり、その目的は、加盟国の人権状況を定期的・系統的に見直すことで「世界の人権状況を改善し、深刻かつ組織的な人権侵害などに早急に対処すること」とされ、ウイグル問題について積極的に発言している人権高等弁務官事務所が事務局機能を果たしています。
南アフリカのアパルトヘイト廃止のように、人種差別撤廃について国連が一定の役割を果たしたことは事実です。しかし、今の人権理事会には、中国、ロシア、北朝鮮などの人権侵害に十分対応していないという根強い批判もあり、実際、2018年にアメリカは人権理事会からの脱退を表明しています。
2019年に日本、EU諸国など22カ国が、新疆ウイグル再教育キャンプを非難する共同書簡を人権理事会に提出した際は、ロシア、北朝鮮、アラブ・アフリカ諸国など50カ国が中国を支持する書簡を提出して対抗しており、人権理事会が機能しているとは言い難いようです。
⑤女性差別は解決するのか
女性差別の解消も大きな課題です。男女差別は宗教上の教義に基づくもの、古来の伝統や文化によるものなど、理由が多様だからかもしれません。2024年のジェンダーギャップ指数によれば、トップ5の内、4カ国が北欧諸国であるのに対し、日本は118位という不名誉な結果になっています。

更新:04月26日 00:05