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東京都のDXを率いる宮坂学氏の「シン・技術立都」実現に向けた挑戦

2025年01月24日 公開

宮坂学(一般財団法人GovTech東京理事長/東京都副知事)

宮坂学
写真提供:GovTech東京

いま求められているのは「エンジニアリング思考」だ――。東京都のDXを主導する宮坂氏が、「デジタル人材」の条件と新たな改革への覚悟を語る。 聞き手:編集部(中西史也)

※本稿は、『Voice』2025年1月号より抜粋・編集した内容をお届けします。

 

「デジタル人材」のモデルは孫正義氏

――宮坂さんはヤフー株式会社の社長や会長、東京都参与を経て、2019年9月より東京都副知事として都のデジタル政策を推進しています。そして23年7月には、DX(デジタルトランスフォーメーション)を進める外部組織として一般財団法人GovTech(ガブテック)東京を発足させ、理事長を務めています。どのような狙いから、GovTech東京を立ち上げたのでしょうか。

【宮坂】東京都で進めてきたDXをより早く、広範囲に、高品質で推進するためです。そのためには改革を進められる人材確保が急務ですが、行政だと地方公務員法などによって人材の登用に制約があります。

世界に目を向けると、UNDESA(国連経済社会局)の世界電子政府ランキングでトップのデンマークなどデジタル先進国の多くはDXの推進組織を外部に抱えており、既存の枠組みにとらわれないやり方に切り替えるべきだと思い至ったんです。

――設立による成果の進捗はいかがですか。

【宮坂】東京都では4年かけて30人ほどの採用人数だったのが、GovTech東京では1年間でそれ以上の人数を迎えることができ、「採用力」が飛躍的に上がりました。組織運営においてまず重要なのは、誰をトップに据え、どのようなチーム・メンバーで働くかです。民間の優秀な「デジタル人材」の登用には、柔軟な制度・体制が不可欠だと痛感しています。

――宮坂さんが考える「デジタル人材」とは、どういう人物のことでしょうか。

【宮坂】ひとことで言うならば、「情報技術などのテクノロジーを使って問題解決しようとする人」でしょうか。ここでは「アナログ」と「デジタル」という言葉を本来の専門的な意味ではなく、「アナログ人材」は「対人コミュニケーションを中心として問題解決する人物」と定義し、「デジタル人材」はそれに対応する意味で便宜的に用いています。

決して「デジタル=新しくて良い」「アナログ=古くて悪い」というわけではなく、いずれも社会にとって必要な存在です。そのうえでGovTech東京としては、テクノロジーによる問題解決を図る「デジタル人材」を求めているということです。

また「デジタル人材」といっても、さまざまなタイプがいます。大まかに4つに分けるならば、1つ目が「WEB/アプリ族」、2つ目が「基幹システム/情報システム族」、3つ目が「データ/AI族」、そして4つ目が「UI(ユーザーインターフェイス=画面の見た目や操作の配置といった接点の総称)/UX(ユーザーエクスペリエンス=サービスを利用する際に得られる体験)族」です。

どの領域であれ重要なのは、スキルそのものではなく、テクノロジーの力を信じて物事をより良い方向に変える意思をもつ、すなわち「エンジニアリング思考」があるか否かです。

――エンジニアリング思考のモデルとなる人物を具体的に挙げるとすれば、誰でしょうか。

【宮坂】パッと頭に浮かぶ人物は、ソフトバンク会長の孫正義さんですね。孫さんは、世の中の問題をあくまでもテクノロジーで解決しようという信念をおもちで、技術の可能性を突き詰めて思考・実践する方です。

エンジニアリング思考と対極的な例として、イギリスの「赤旗法」の話をご存じでしょうか。赤旗法とは、すでに蒸気自動車のサービスが登場していたイギリスで1865年に制定された法律です。自動車の音に馬が驚くことによる事故の防止や騒音・煙対策などの狙いから、赤い旗を持って自動車を先導する人員を設け、自動車の接近を予告するように定められました。

結局、赤旗法は1896年に廃止されるのですが、アナログ的手法によって問題解決を図る試みだったと言えます。

――テクノロジーによる問題解決とは相容れないアプローチですね。

【宮坂】もちろん、場合によってはアナログ的な手段が必要になる場合もあるし、そうした要素も不要とは思いません。ただ、私がいまの時代により必要だと考えるのは、エンジニアリング思考をもったデジタル人材です。もし自動車の騒音や排気ガスが問題ならば、「なるべく音を小さく・排気ガスを出さない車をつくろう」と考えるのがエンジニアリング思考です。

実際にアメリカでは、1900年のニューヨークの街並は馬車で埋め尽くされていましたが、その後T型フォードが普及したことで、1910年代には自動車ばかりが走る光景に一変しました。短期間で大変化が起きた背景には、公害だった馬糞の臭いや衛生面での対策として自動車の使用が広がった面もあります。当時のアメリカ社会や企業には、利便性の追求とともに、「環境対策」として自動車を普及させようというエンジニアリング思考があったのではないでしょうか。

ただし、現在はむしろ自動車の排気ガスが環境問題になっているように、たとえ一つの課題を解決したとしても、新たな問題が次々と出てくるものです。そうしたらまた次はどう解決するか......というように試行錯誤しながら、テクノロジーによって生まれた問題はあくまでもテクノロジーで解決するという信念が重要なのです。

 

「シン・技術立都」から「シン・技術立国」へ

宮坂学

――一方で、「何でも科学技術だけで解決できるわけではない」という主張も聞かれます。

【宮坂】科学万能論的な思想に懐疑的な見方を向けたくなるのはよくわかります。ただ私は、昨今の日本はむしろ、「技術力によって問題を乗り越えよう」という気概が足りていないのではと感じているんです。

日本の製造業が世界を席巻していた時代は「技術立国」が盛んに掲げられ、良い意味での"楽観論"が漂っていました。しかし最近は「日本はデジタル分野で遅れている」という悲観論ばかりが叫ばれています。

現状を見るのは重要ですが、同時に私は、いまこそ日本は「シン・技術立国」を謳うべきだと考えています。資源の乏しい日本が生き残っていくためには、あくまでも科学技術によって問題を解決していくというエンジニアリング思考をもたなければなりません。

――「シン・技術立国」の理念をまずは東京都で実践し、それを全国に広めていくというのも、GovTech東京を立ち上げた理由にあるわけですね。

【宮坂】はい。まずは「シン・技術立都」を実現し、ひいては「シン・技術立国」につながればと思います。

またエンジニアリング思考が発揮されるのは、デジタルの分野だけではありません。東京の歴史を振り返ると、江戸時代に徳川家康は、利根川の水害から江戸を守って水田開発を進めるために、川の水流を変えました。利根川はもともと太平洋ではなく江戸湾(現在の東京湾)に流れていたのですが、当時の最先端の土木技術を結集して堤防を整備し、川の東遷を実現しました。まさに技術によって問題を解決した事例です。

明治時代の1882年には、日本で初めての電気街灯(アーク灯)が銀座に設置されます。このように東京のインフラは、先人たちのエンジニアリング思考によって整備されてきたわけです。

 

人材の「文化の違い」をどう埋めるか

――昨今は民間企業でもDXの取り組みが盛んですが、これまでデジタル化を進めてこなかった企業が急に改革するのは容易ではありません。たとえばDXの新たなプロジェクトを立ち上げるとき、企業はまず何から始めればいいのでしょうか。

【宮坂】重要なのは、冒頭にも申し上げたように、部署やプロジェクトのトップを誰にするかです。「人事」は改革への本気度を示すものであり、社員は人事を通して会社のやる気を測っています。

次に肝になるのが、メンバー間の「文化の違い」をどう調整していくかです。「デジタル人材」といっても、先に述べた4つのタイプではそれぞれ考え方や仕事の進め方が異なります。

たとえば私のようなWEBやアプリの世界で生きてきた人間は、「アジャイル(柔軟かつ機敏)」や「試行錯誤」といった言葉が好きで、基本的にどんどん手を動かして改善していこうという思考です。

一方で金融機関の基幹システムを扱ってきた人は、「失敗してもいいからとりあえず挑戦していこう」という発想にはなりにくい。ひとたび銀行のシステムで障害が発生すれば、多大な影響・損害が出る可能性がありますから。

そうした文化の違う人同士がどう協働していくかは非常に難しく、率直に言えば、短期間で克服できる特効薬はありません。人間の感情が入り込む領域はテクノロジーで万事解決とはいきませんから、ここでは対人コミュニケーションといったアナログ的な手法が有効かもしれません。

月並みですが、大切なのは組織としての度量と寛容さです。「あの人のやり方は古臭い」とか「チャラチャラした仕事の進め方をしやがって」と思う人もいるかもしれませんが、まずは自分とは違うということを認める。そのうえで時間をかけて地道に歩み寄り、どうしても相性が合わない場合は責任者に相談するなり人事に訴えるなりすればいいのです。

 

指示が的確な上司はAIも使いこなせる

――「シン・トセイ重点強化方針2024」によれば、東京都の職員が、AI(人工知能)などの技術を駆使したさまざまなデジタルツールを活用しています。アイデア出しや文案作成にも生成AIツールを使用しているとのことですが、職員からの評判はいかがでしょうか。

【宮坂】職員のおよそ3分の2が、仕事の効率が「大幅に上がった」、あるいは「上がった」と答えています。私も日常的に利用していますが、業務効率が圧倒的に上がりましたね。

ほかにも個人的に、生成AIに「2050年のデジタル化した東京」というテーマで小説の執筆を頼んでみたら、短時間で2万字程度の文章を書いてくれました。「もっと文体を柔らかくして」「エピソードを多めにして」などと指示するとそのとおりに対応してくれて、クオリティも高い。今後はさまざまな分野で、生成AIがなくてはならない存在になる時代が到来するのではないでしょうか。

――一方で、一部では「生成AIばかりに頼っていると画一的なアイデアに終始してしまうのではないか」という懸念の声も聞かれます。

【宮坂】そんなことはないと思いますよ。AIはあくまで技術であって手段ですから、ツールとしての選択肢が増えることをネガティブに捉える必要はないでしょう。

サイレント映画(無声映画)だけの時代よりもトーキー(有声映画)が登場したあとのほうが表現の幅が広がったように、クリエイティブの可能性はむしろ広がると見ています。

加えて言えば、本来はリアルの対人での仕事が上手くこなせる人ほど、AIも使いこなせるはずです。職場で上司が曖昧な指示しか出さないと部下が困惑するように、AI相手でも指示の出し方にはコツがあります。AIに的確に指示が出せるのは業務の本質を深く理解している証拠で、そういう人は現実のビジネスでも「できる人」なのではないでしょうか。

――「AI時代の生存戦略」などとよく言われますが、テクノロジーの活用と対人関係のスキルは結びついているのですね。

【宮坂】人口減少に伴い職場の人手不足はますます加速するでしょうから、AIを含むテクノロジーの活用は必要不可欠です。同時に、対人コミュニケーションの仕事も完全になくなるわけではありません。デジタルとアナログのどちらかを選ぶのではなく、両立しながらアップデートしていく必要があります。

そのうえで20年後、30年後の東京都、ひいては日本が「シン・技術立都」「シン・技術立国」としてパワーアップするために、私はテクノロジーの方向から改革を進めていきたいと思います。

 

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