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尖閣問題 慌てず、冷静に、利益の追求を

2012年09月24日 公開
2024年12月16日 更新

前田宏子(政策シンクタンクPHP総研主任研究員)

 9月12日、日本政府が尖閣諸島の所有権を国に移転登記したことを発表すると、中国で大規模な反日デモが発生した。参加者は2005年のときをも上回り、日中国交正常化以降、最大の抗議活動となっている。このことについて想定以上だったとする見方が多いが、実際は起こりうる事態の1つとして十分に想定できた範囲内である。日本政府に「毅然とした対応」を求めながら、デモが起こると慌てふためき政府の対応を批判するような態度は、とても定見があるものとは思われない。

 確かに、国有化の発表のタイミングはもう少し後でもよかったと思わないでもない。発表が胡錦涛国家主席と野田総理の「立ち話」のわずか2日後に行なわれ、中国側が面子を潰されたと思ったことは想像に難くなく、また9月18日に毎年中国で反日の機運が高まるのも分かっている。あと1週間ほど発表を遅らせてもよかったのではという気はするが、18回党大会が終わるのを待つべきだったという見方には賛成できない。新しくリーダーとなったばかりの習近平らが、「弱いリーダー」と批判されるのも恐れず、穏健な政策を取ることができたとは考えにくいからである。タイミングの悪さという点でいえば、むしろ日中双方の政治家が負のスパイラルを断ち切るべく水面下で話をすべきときに、日本の政局が不安定になっていることが問題だろう。

 そもそも、「時期がもう少し後であれば中国の反応も違った」というのは、日本側の希望的観測であって、そう考えられる確たる根拠はない。中国からすれば「いつであろうと『国有化』には絶対反対」なのである。希望的観測で失敗したことがあるのは日本だけでなく、アメリカも中国の反応を見誤ったことがある。2009年から2010年にかけ対中関係を重視するオバマ政権は、ダライ・ラマの訪米や台湾への武器売却に関し、実施のタイミングなどで中国に配慮を示したが、中国は米側の予想を上回る対抗措置を取った。中国の国力、軍事力、ナショナリズムが上がっており、中国社会(特にネット化)も変化している中、「これまでこうだったから」という感覚で、今後の中国の動向を探るのは危険である。

 中国の反日デモの規模が大きくなったのは、今回、中国政府が“民意”を利用し、日本側に圧力をかける作戦に出たためでもある。もちろん、自らの意思でデモに参加した人々がほとんどだろうが、中国版ツィッターでも、明らかに官が関わっていたことを示す情報が流れていた。デモが制御不能にならないよう当局が管理していたのは、いつものことである。

 2010年の漁船衝突事件の際には、中国はレアアースの輸出禁止や日本人ビジネスマンの拘束を行い、日本のみならず国際社会から批判を受けるという失策を犯した。今回はそのときの反省から、日本以外の国から批判が出ぬよう注意し、WTOに明らかに抵触するような行動は取らず、中国メディアでの大々的な釣魚島(尖閣)報道、日本製品不買運動の黙認、文化交流や観光のキャンセルなどを行なって、日本国内から不安の声や日本政府への批判が登場するよう仕向けている。相手国の世論、心理に影響を与えようとする手法であるが、日本のメディアなどを見ていると、ある程度その作戦は奏功したのではないかと思われる。別にそのことを批判しているわけではなく、日中双方が互いの利益を傷つけ合う状況を懸念する声が上がるのは、日本の社会が健全な証拠であり、当然である。ただ、「毅然とした態度」を取りつつ「日中関係を重視」すべしという主張は、言うのは簡単だが、特に尖閣問題については矛盾していると言っていいくらい難しい要求である。それでも政治家や外交官は、この両立不可能とも思える要求に応えていかなければならない。

 まず、日中間で尖閣をめぐる衝突回避と危機管理のための協議を行い、国際社会に対し日本の主張の正当性を説明するために、日本政府は「尖閣について領土問題は存在しないが、日中間に利益の衝突、見解の相違がある」ことを認めるべきである。

 中国政府は国有化の撤回を求めているが、それが不可能であることは分かっているはずで、日本が実効支配強化の政策を取ることを恐れている。日本政府は、いまのところ施設の建設や人の配置などを行うつもりはない方針を示しているが、それは中国の出方次第だとして、交渉カードにすべきである。中国では国有化=実効支配強化の必然、という誤解が広まっているが、国有化する前から、やろうと思えば日本は施設の建設も人の派遣もできたのであり、日中関係への配慮からそれをしてこなかったということ、国有化しても何ら実態が変わるものではないということを、国際社会と中国に向かって説明すべきである。

 さらに、尖閣問題は単に2国間の問題ではなく、地域の秩序に関わる問題だと第三国にも理解してもらうことが重要である。中国人は、現在周辺諸国との間で起こっている摩擦の原因を、アメリカのアジア回帰や日本の右傾化など、外部の責任に転嫁しがちである。中国の軍事力建設は完全に防衛のためだと主張し、多くの中国人がそう信じているが、仮にそれが真実であったとしても、「安全保障のジレンマ」という国際政治の基本的なセオリー、中国ほどのサイズの国が急速に軍事力を増強することが周辺諸国に与える脅威について、甚だしく認識を欠いている。そのような中国の態度が尖閣問題にも影響を及ぼしているのだと、国際社会と中国両方に向かって主張するべきである。

 他方で、日本は、日中関係を重視する方針に変更はなく、日中間の政治対話と民間交流が継続されることを望んでおり、日本側からそれを拒否することはないということ、中国で中国の発展に尽くそうとする日本人や、中国人の同僚たちと一緒に汗する日本企業の人々が危険に晒されたことは大変遺憾であるというメッセージも発するべきである。

 日本政府がまず心がけるべきは、日中間の摩擦の緩和、衝突のエスカレーション防止であるのは言うまでもない。しかし、国力が上がり膨張していく中国との間で、今後も時としてこのような摩擦が生じるかもしれないことを、日本人はある程度覚悟しておく必要がある。日中は、史上初めて対等に向き合う時代に入ったといわれるが、それは、摩擦が生じる度に過度に絶望的になったり動揺したりしないだけの耐性が求められる時代になったことを意味する。

 最後に、尖閣問題は、双方の政治家が信頼を築き、大局観をもって取り組まなければ対処できない。野田政権が続いていくのか、あるいは別の首相が誕生しているのかは分からないが、日中の新しい指導者たちの間で、現在の潮流を打ち破り、建設的な流れを導く契機が生まれることを期待したい。

<研究員プロフィール:前田宏子>☆外部リンク

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