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日本のテロ対策は充分なのか? 警戒すべき「国際的紛争が持ち込まれる」可能性

2024年11月29日 公開

宮坂直史(国際政治学者)

日本のテロ対策

日本でテロを防ぐには「国際と国内の動きを連結させて分析する必要がある」と、国際政治学者の宮坂直史氏は語る。いま政府に求められる対策とは? 

※本稿は、『Voice』2024年10月号より、より抜粋・編集した内容をお届けします。

 

「灰色のサイ」を見抜き、アフガニスタン無視の過去を繰り返すな 

将来のテロの脅威はAIのような技術的な付加とは別に、現在の国際テロ情勢からも考えねばならない。経済・金融の危機管理で使われ始めた「灰色のサイ」という言葉がある。遠くに角を立てたサイがこちらを窺っているが、まだ遠いからと思って避難も何もしないでいると、気づいた時にはサイが突進して致命的になるという比喩である。

国際テロの世界でも「灰色のサイ」は徘徊している。アフリカ・サヘル地域、とくにマリ、ブルキナファソ、ニジェール、ナイジェリア北部、スーダンでは過激主義勢力が増殖している。

加えて隣接するソマリアも長年、テロ組織「アル・シャバーブ」に蹂躙されている。多くの集団は地域限定での活動だが、ISの支部団体も含まれているように、域外でのテロ組織との連携を容易にして、相互に活性化するのは必至になる。イスラム過激派のイデオロギーに国境はないのだから、かつてのアルカイダのように世界的な脅威をもたらすネットワークに再び成長するシナリオも考えておくべきであろう。

日本の政府は、いま起きている出来事から将来の脅威を予測して前広(まえびろ)に準備するのが苦手である。1990年代には、日本人の死傷者が出る海外テロが相次いだ(世界貿易センタービル爆破、フィリピン航空機内爆破、ルクソール事件、在ケニア米大使館爆破、キルギス誘拐事件など)。

これらの実行犯・組織がアルカイダに関係していたのだが、日本のインテリジェンス活動や政治は、そこを見抜いて対策に活かせなかった。個々の事件を点で見て線でつなげなかった。国際安全保障の観点から当時のアフガニスタンや、そこを根拠地にしていたアルカイダに注目していた日本人はごく小数で、2001年9月の9・11テロで国際テロの脅威に国全体がやっと目覚め、あとは泥縄式に対処していったのだ。

いまのアフリカのテロも、30年前のアフガニスタンと同様にグローバルに見ないと、国際的に大事件が起きてから、あわてふためいて情報収集を始め、対応が後手に回りそうな気配がする。

欧米とロシアで連携を深める極右の動きも等しく見逃せない。2011年にノルウェーで排外主義者のブレイビクが、同国のリベラルな政党に対して大規模なテロを実行した。その際に英文で1500ページもの所感をネットに公開した。世界中で、それを読んで感化された者が次々にテロを起こした。

日本人極右は英語が出来ないから幸いなことに影響を受けなかった。日本の排外主義者は脅迫や妨害のヘイトスピーチ、放火事件までは起こしているが、大量殺傷までは着手していない。

それでも今後はAIを利用し、外国語の壁を低くして国際ネットワークに参加し、外国での極右の動きに反応していくかもしれない。極右・排外主義者の動向は、国際的な動きと国内の動きの双方に関連性がないかと分析する情報活動が新たに求められよう。

 

「国際紛争持ち込まれ型テロ」への警戒

国際と国内の動きを連結させて分析しなければならないのは、筆者が「国際紛争持ち込まれ型テロ」と名付けているパターンにも該当する。

外国人が、日本を狙う目的ではなく、それでも日本でテロを起こすことがある。1980年代に、東京・有楽町でサウジアラビア航空の事務所が爆破されたことがあり、公安警察はイランの仕業ではないかと疑ってきた(未解決)。

さらに、成田空港で手荷物が爆破して日本人作業員が死傷したこともある。これはシク教過激派がインド国営のエア・インディア機を空中爆破させようとして時限爆弾を仕掛けたが、設定時間よりも早く離陸前に爆破してしまったのである。このようなイランとサウジアラビア、シク教過激派とインド政府の対立は、当時の国際情勢では目立つことであった。

一般的に、A国とB国が対立する最中に第三国にある相手の権益を攻撃したり、C国の反政府過激派組織が他国でC政府の権益を標的にしたり、逆にC国政府が過激派や政敵を他国で暗殺したりするのはよくある。紛争当事者間のテロや破壊工作の動きを観察し、同時に自国内に紛争当事者の権益や出身者がどこにいて、どのような活動をしているかという国内情勢を重ね合わせて分析することは常に求められる。

英国では、ロシアのプーチン大統領に反旗を翻して逃亡してきたロシア人が次々に暗殺の標的になった。しかもロシアからの刺客は、核物質のポロニウムや神経剤のノビチョクを持ち込んでくる。周囲も汚染されるので、犯人の行動範囲内にたまたま居合わせたイギリス人多数が核物質で被曝したり、神経剤に触れて重篤に陥ったり死亡したりする者も出た。

かつて、都心の一流ホテルでは白昼堂々「金大中事件」が起きた。特殊な武器が使用されたわけではないので日本人に被害は及ばなかったが、そもそも他国内の対立が我が国に暴力として持ち込まれるような事態は未然に防止しなければならないし、防止できずにテロが実行された場合でも捜査機関、出入国管理、税関、医療機関、外交当局などの情報協力でいち早く事件の全容を把握しなければならない。

 

希少テロの訓練よりも起こりうるテロの訓練を

さて、テロが起きてしまった時に現場で初動対処機関(消防や警察など)が負傷者を搬送したり、原因物質を検知したり、残された人々を保護したりする訓練がある。それは「国民保護訓練」の枠組みで行なわれる。概要は政府のウェブサイト「国民保護ポータルサイト」をご覧いただきたいが、多数の訓練が全国で実施されている。

訓練では、化学兵器しかも神経剤(とくにサリン)が使われたという想定や、さらに、爆発によってそれが散布されるという想定が多い。

世界中のテロを網羅したデータベース(米国のGlobal Terrorism Database)を検索してもわかることだが、化学テロはテロ全体の中で非常に少ないうえ、国家機関以外が神経剤を使うのは稀有である(注、前述のノビチョク事件は国家機関が関わるテロ)。

一介のテロリストが神経剤を爆発物によって散布させる高度職人技を披露した例はない。オウム真理教がサリンを作った30年前と違って、いまは原料購入も規制され、テロリストが容易に作れる環境にはない。日本は起きる可能性の低い「希少テロ」ばかり心配していることになる。

世界的に見ると爆発物テロが最も多い。その負傷者に対しては一刻を争う救助、搬送が必要になるが、訓練ではその時間を計って評価することをしない。しかも爆発と同時に化学剤の散布を想定するから、化学剤の防護や検知や除染の手順を優先して、爆傷者は現場に長時間放置される。重傷者、四肢切断されている者が放置されれば死んでしまう。

世界で爆発物の次に多い銃撃や放火テロ対応は、訓練ではほとんどやらない。日本は銃社会ではないとはいえ、安倍元首相殺害の時のように自家製の銃が使われたり、それ以前から3Dプリンタで殺傷力のあるものが作られたり、交番からの強奪や軍用銃の密輸事件はある。また、爆発でも火災が生じることがあるのに、それも想定されない。

国民保護訓練とは別枠でよいから、起こりうる現実的な想定での訓練を多機関で重ねるべきであろう。とくに、アクティブ・シューター(施設に侵入し銃を撃ちながら移動する者)への対応訓練は、複合オフィスビル、役所、そしてターミナル駅など多数店舗が入居している地下街などで強く求めたい。発砲以外にも、施設内爆破や放火を想定してもよい。

どこで何が発生したかを、いかにして施設内の隅々まで迅速に伝達できるか、外に避難すべきか、出口までの最適の経路はどこか、それとも部屋に閉じこもったほうが安全か(ロックダウン)、客の誘導が正しくできるか。情報の共有方法や、避難か待避かの判断に重点が置かれる。

結局、テロ対策というのは政府機関や警察などに任せれば済むのではなく、施設の管理者や従業員など民間の取り組みも問われているのである。

また、日本の役所でも爆破や放火事件は起きており、職員は、国民保護訓練で想定されるような街中でのテロ以前に、不特定多数の住民や業者が常時出入りする自庁舎の安全確保に留意しなければならない。

 

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