2024年11月25日 公開
SNSとAIの登場により、誰もが手軽に情報を拡散できる時代になった。便利な一方で、ネットで広まった陰謀論と偽情報が暴動を引き起こしたケースも見受けられる。国際政治学者の宮坂直史氏は、現代の日本には「テロリストが利用しかねない土壌がある」と警鐘を鳴らす。
※本稿は、『Voice』2024年10月号より、より抜粋・編集した内容をお届けします。
1970年以降の約50年間に、日本で起きたテロの総件数は405件に上る(米国のGlobal Terrorism Database)。だが近年は少なく、21世紀に入ってからは44件、そのうち多数の死者が出たのは2016年の津久井やまゆり園事件(神奈川県)のみである。
なお、日本では「バイトテロ」「飯テロ」など人口に膾炙(かいしゃ)した用語があるから最初に断っておくが、本稿でテロとは、政治的な目的を抱いている者が、その目的のために行使する暴力のことである。
前掲のやまゆり園事件は、実行犯(死刑囚)の衆議院議長宛ての手紙の内容や、事件前後の一貫した言説から、優生思想に基づく彼なりの世直し願望という政治性が確認できるからテロとみなすのが妥当なのである。
この事件もそうだったが、われわれはつい被害の大きさに目が向いてしまう。だがそれ以上に注視すべきは、テロリストの主張や思想が同時代の人々に共感され、類似のテロが持続的に発生しているか否かである。
幕末期の攘夷派、明治期の不平士族、大正・戦前昭和のアナーキストや右翼、そして戦後の新左翼のテロには持続性が見られた。これらも含めて、テロの背景には常に、多数派と少数派の対立構図が垣間見える。
多数派とは国の多数民族などの属性を指す場合もあるし、体制とか一般国民を暗示することもある。少数派とは移民、権力者、革命戦士など、これも文脈によってさまざまな集団を指す。少数派VS多数派は、古今東西あらゆるテロリストが戦いの物語の中で強調してきた想像の産物でもある。
現在の日本にもテロリストが利用しかねない土壌がある。少数派の外国出身者やLGBTQ、障碍者が配慮、優遇されていると一方的に不公平感を抱く者が多数派の中に存在する。さらには今後、社会保障的に不遇を被っていると信じる人口構成上少数派の若者が、多数派の高齢者に対して憎悪をたぎらせるのではないか。
また、いま安全保障を沖縄で強化しなければならない中で、沖縄県民(少数派)と本土の人(多数派)のあいだには認識のズレがある。沖縄県民は、米軍基地の負荷以前に、地上戦と旧日本軍の行状を決して忘れていない。県民の一部にある軍事的なものへの不信の根源は、戦時中に遡る。
沖縄県民は戦争を学んできたが、本土の日本人は戦争に概して疎い。学校では(本土で起きたことでも)たいして教えない。テロリストや外国勢力が沖縄と本土の認識ギャップを利用して、より大きな政治的な分裂をもたらす悪夢でさえ想像できてしまう。
テロが起きる前には、テロリストにとって行動の動機付けになるような出来事がある。いまやそれがSNSを通じて曲解されたり、偽情報が追加されたりして、暴動やテロを誘発しやすい認知環境になっている。
SNSは、情報や思考のコストをかけず、要点だけわかればよい、と思う人には神器であろう。新聞を読むのは非効率だし、紙面を大きく広げるのも面倒。本は高いし、たくさんあるとスペースもとるから買わない。こうした「コスパ」の追求は、問題の複雑な背景と解決の難しさは無視することだから、身辺の軽量化だけではなくアタマの中もスッキリと空洞化する。
それでも人間には、問題を理解していると思われたい、ヒトから承認されたい欲求があるから、たとえばニュースの第一報に接しただけで何が悪いと即時に決めつけ、書き込み、「いいね」を押したり、リツイートしたりする。よくわからないことでもいちいち反応する。もはやロボット以下の、サブ・ヒューマンたちの集団浅慮の残骸がネットの中にゴロゴロころがっている。
問題は、こういうヒトが増えるほど偽情報や陰謀論は燎原(りょうげん)の火のごとく広がり、それが暴力誘発の土壌になることだ。陰謀論の多くは国や地域の文化に根差して限定的に流行るものであった。
ところが現在のSNS時代は滑稽なほど超文化的である。前回の米大統領選挙後にトランプ氏と支持者が「票が盗まれた」と騒いで議事堂占拠のクーデター未遂まで起こしたが、日本の路上でも日本人が「マスコミのフェイクに惑わされるな、大統領選挙の決着はまだついてない!」と横断幕を広げてデモをした。
米国でこの種の人たちはコロナ対策にも反発してマスクなどしていなかったが、日本人デモ隊はしっかりマスクをしていた。だが彼らはコロナ・ウィルス以前に陰謀論ウィルスに感染してしまったのだ。暇すぎるのはよくない。いや、そこそこ忙しいからこそのコスパ追求なのか、その代償として、スマホから毒を飲み込んで「マスコミが報じない真相を見つけた妄想病」を発症する。
イスラエルとハマスの戦いもその他の国際問題も、ユーチューバーにごく短時間のうちに洗脳されて、誰が悪いとか、ディープ・ステートが元凶だとか騒ぎ立てる。まともな本など一冊も読んでいないカラッポの脳をすばやく埋めるには敵を仕立てるのが最適で、それで正義感に浸って理解したつもりでいたいのだろう。
こういうヒトが家庭の食卓で口角泡を飛ばして陰謀論ウィルスをばら撒くと、まずは家族でコミュニケーション断絶と不和が起きる。やがてその総和で社会や国に大きな亀裂が入り、さまざまな問題への対処が難しくなる。
この危うい現状に、テロリストが生成AIを悪用すればどうなるか。テロリズムに不可欠なのは暴力と宣伝である。宣伝は大義を普及して味方を増やし、敵を恐れさせる。AIによって使用言語は広がり、演説や声明の中身はより錬成され、映像や画像も虚実効果的に組み合わせられる。
コスパ重視、空洞化した脳ほど敵を求め、自ら進んでそういうエサに飛びつくので、彼らを意のままに操るのも容易になる。首謀者の代理としてテロの思想を拡散してくれる。テロに不可欠な政治的な目的も、簡単につくれて共有されるのが、いまの時代の怖さと言えよう。
更新:11月29日 00:05