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ソ連崩壊後、政党ではなく「TV討論会で大統領を選ぶ」ようになったアメリカ国民

神野正史(元河合塾世界史講師)

アメリカ大統領選挙

17世紀以降、欧州の国際秩序は変化を続け、ソ連解体後には「アメリカ一極体制」が成立した。このアメリカ体制は、「共和党・民主党」のそれぞれの政党の色を曖昧にし、大統領選挙の結果にも影響をもたらした。現代の政治状況を理解する上で重要な歴史的背景について、書籍『教養としてのアメリカ大統領選挙』から解説する。

※本稿は、神野正史著『教養としてのアメリカ大統領選挙』秀和システム)から一部を抜粋・編集したものです。

 

周回するたびに減っていく指導国

1991年にソ連が解体したことで、1945年以来半世紀近くつづいてきた「米ソ二強時代」は終わりを告げ、「アメリカ合衆国一強時代」という新しい段階に入ります。このことの意味をよく理解するために、時間を400年ほど遡って歴史を俯瞰してみましょう。

17世紀の前半、欧州では全欧を巻き込む大戦争(三十年戦争)が起こり、欧州がたいへん荒廃したことがあります。そこで、欧州中の全権がウェストファリアに結集し、二度とこんなに悲劇が起きないように国際秩序(インターナショナル・オーダー)の構築を話し合い、「ウェストファリア体制」という集団指導体制が生まれました。

しかし、この国際秩序はうまく機能せず、ふたたび大戦争(フランス革命戦争)が起こってしまい、欧州は荒廃、新たな国際秩序を作り直すことになるのですが、このように欧州では17世紀以降、「国際秩序の構築 → 崩壊 → 大戦争 → ふりだしに戻る」という歴史を延々と繰り返して現在に至っています。

・1周目: ウェストファリア体制 → 崩壊 → フランス革命戦争・ナポレオン戦争
・2周目:ウィーン体制 → 崩壊 → 第一次世界大戦
・3周目:ヴェルサイユ体制 → 崩壊 → 第二次世界大戦
・4周目:ヤルタ体制 → 崩壊 → 現代(ポスト冷戦時代)

1周目のウェストファリア体制は「集団指導体制」ゆえ足並みがそろわず失敗。そこで2周目のウィーン体制では「英・普・墺・露4ヶ国(※1)」に絞って秩序維持に努めましたがこれも失敗。3周目は「米・英・仏3ヶ国」、4周目は「米ソ二巨頭」で国際秩序を守る指導国となっています。

こうしてみると、周回するたびに指導国が「4ヶ国 → 3ヶ国 → 2ヶ国」とひとつずつ減ってきているのがわかります。

そして現在。冷戦時代を越えて「ポスト冷戦」時代は「5周目」と考えることができ、ソ連亡き今、合衆国1ヶ国が「世界の警察」となって国際秩序の維持を務める時代となります。これを「アメリカ体制」と呼ぶことがあります。(※2)

 

[注釈]

(※1)ただし、1818年に開催された「エクスラシャペル列国会議」でこれにフランスが加えられたため、以降は5ヶ国となっていますが。

(※2)まだ定着した言葉ではありませんが。

 

1992年大統領選挙

ところで、ブッシュ父は2期目の大統領選を乗り越えることができませんでした。そもそも、戦後は「同一政党による長期政権を嫌う(※3)」傾向が生まれましたから、すでにレーガン政権から数えて共和党が3期を満了した今回の大統領選はブッシュに分が悪かったこと。そのうえ、彼はTV討論会でポカ(※4)をやらかして支持が急落。

「歴史視点 ⑳」でも申し上げましたが、TV討論会で失態を演じると、これを挽回するにはよほどの外交成果(※5)を挙げるしかありませんが、彼にはその力量もなく。

ちなみに、戦後「2期8年」の任期を満了できなかった大統領は、よほどの障害(暗殺・辞任・無能の3パターン)に阻まれたときのみです。

① 暗殺:J・F・ケネディ
② 失脚:R・M・ニクソン
③ 無能:G・R・フォード、J・E・カーター

そして、ブッシュ父もこの中(③)に名を連ねることになりました(※6)。

 

[注釈]

(※3)戦後は、同一政党が「1期で陥落」することもなければ、「3期以上つづく」こともなくなり、ほとんど「2期8年」ごとに政権政党の交代が起こるようになる。

(※4)外交を力説するブッシュに対して、「大切なのは経済だろうが。そんなこともわからんのか!」とクリントンに吐き棄てられて答えに窮するという失態を演じています。さらに討論会の最中、チラチラと腕時計に目を遣ったことで、「早くこの場を離れたいと思っている」「議論に押されて追い詰められている証拠」と国民に悪印象を抱かせました。

(※5)大統領選挙の結果は過去3年間の実績より最後の1年の成果に大きく左右される。最後の年に大きな成果を挙げれば現職が勝ち、失態を演ずれば負ける。

(※6)先のことまで敷衍すれば、D・J・トランプもここ(③無能)に名を連ねることになります。

 

前提が変われば法則も変わる

こうして新たに大統領に立ったのが民主党のウィリアム・ジェファーソン・クリントンです。

では、クリントン政権はどのような基本政策を実行していくのでしょうか。

これまでの民主党政権であれば「緊張」時代を牽引してきましたから、彼の基本政策もこれに準ずるのかといえば、じつはそうではありません。なんとなれば「緊張」も何も、そもそもその敵たるソ連がいないためです。

79年にソ連は「アフガン侵攻」をかけましたが、これによりソ連は財政破綻を起こし、侵攻から12年で滅亡してしまいました(※7)。

ソ連という敵がいないのでは「喧嘩(テンション)」も「仲直り(デタント)」もできません。以降、アメリカ合衆国は"敵失"したことで「共和党」と「民主党」という二大政党の成り立ちにすら変質が生まれます。

 

[注釈]

(※7)ちなみに、ソ連の前政権「ロマノフ朝」も1904年に日本に戦争を仕掛け(日露戦争)ていますが、それによりロマノフ朝は財政破綻を起こし、戦争が終わってから12年後に滅亡していますから、まったく同じ過ちを繰り返していることがわかります。そして現在、ロシアはウクライナに戦争を仕掛けたことで財政が急速に悪化してきています。ロシアの未来に待ち受けているのは「12年後の滅亡」か。

 

政党の色が曖昧に

これまで「共和党」と「民主党」にはたいへんわかりやすい対照的な争点がありました。

・ 保守(右派) vs 革新(左派)
・ 小さな政府 vs 大きな政府
・ 自由市場 vs 規制市場
・ 自由貿易 vs 保護貿易
・ 富裕層重視 vs 労働者重視 ...などなど。

そのため国民もその時代に適した政党を選びやすく、それがこれまでの二大政党制の"理想"を支えてきました。

ここに至るまでのアメリカ合衆国の国策を振り返ってみると、「イギリス覇権(パックス・ブリタニカ)」が確立していた18~19世紀は「中立主義(18世紀)」「モンロー主義(19世紀)」を貫いていたアメリカ合衆国でしたが、20世紀に入ってイギリスの力が弱まると、これに付け入ってイギリスと覇を争うようになり、20世紀後半はイギリスに代わってソ連と覇を争ってきました。

ところがついに1991年、「敵失(ソ連滅亡)」となったことで、アメリカ合衆国が夢にまで見た「アメリカ覇権(パックス・アメリカーナ)」を実現したとき、「共和党」「民主党」のどちらが政権を握ろうが、両党の目的は「国際秩序の維持」となり、その差異が曖昧になってきます。

そうなれば、国民としては「共和党」だろうが「民主党」だろうがどちらでもよくなり、たとえばTV討論会で大統領候補が「腕時計をチラ見した」だの「何度も溜め息を吐いた」だの、ほんとうに些細なつまらぬことで、まるでヤジロベエのように支持がグラグラと揺れ動くようになっていきます。

 

クリントン政権の外交・内政

「経済再建」に重きを置く選挙活動に尽力して大統領官邸の主となったクリントンですが、彼とて"歴史という大河に浮かぶ一葉の木の葉"にすぎず、歴史の流れに逆らうことはできません。

権利と義務は表裏一体、ソ連解体後「アメリカ覇権」を手に入れたアメリカ合衆国には自動的に「国際秩序の維持」という義務が発生します。

当時は各地で紛争が起こっており、クリントンの好むと好まざるとにかかわらず、「覇者」たるアメリカ合衆国の責務として国際問題を放置することはできません。

まず、中東では燻りつづけるパレスティナ問題に介入し、93年にはイスラエルとPLO(パレスティナ解放機構)の「オスロ合意(※8)」をアメリカ合衆国が仲介するという形で成立させ、これを踏台に「パレスティナ暫定自治協定」を成立させます。

東南アジアでは「ヴェトナム戦争」以来敵対していたヴェトナム政権との和解を進め、その象徴として95年、「国交恢復(かいふく)」を実現。東欧では91年以来の「ユーゴスラヴィア解体」の中で収まらぬ紛争問題に和平を仲介したり、他にも、アフリカの「ソマリア内戦」「ルワンダ内戦」、北朝鮮の核開発疑惑などに対処 ── などなど。

北米大陸では前政権(ブッシュ父)が調印までこぎつけながら、なかなか批准に至らず難産していた「北米自由貿易協定(NAFTA ※9)」を成立させています。

本来であれば民主党は「大きな政府」「保護貿易」を旨としているはずですから、共和党が創ろうとしていた「自由貿易協定」など握りつぶす立場であったにもかかわらず。こうしたところにも、共和党と民主党の政策の違いが曖昧になってきていることがわかります。

もちろん経済にも力を注ぎ、国内では永らく苦しんでいた「双子の赤字」を解消すべく尽力し、29年ぶり(※10)に財政収支を黒字に転換させることに成功しています。

 

[注釈]

(※8)イスラエルとPLOが相互承認し合い、和平に向けての交渉を始めることに合意したもの。

(※9)北米3ヶ国(カナダ・アメリカ・メキシコ)が結んだ自由貿易協定。

(※10)とはいえ、アメリカは1958年以来ずっと財政赤字がつづいており、その40年間のうち財政黒字だったのは1969年の1年だけだったので、ほとんど「40年ぶり」のようなものですが。

 

大した成果ながらも中途半端な評価

「軍拡と財政改革を両立させた為政者は古来稀」です。

にもかかわらず、クリントンは「覇権国家」としての責務を全うし、各地に軍を送り込みながら、財政収支を黒字化させることに成功したのですから、なかなか大した成果を挙げていると評価してあげたいところです。

しかしながら、努力は認めるとしてその成果を見ると、どれも"中途半端"の感は否めません。たとえば、「パレスティナ暫定自治協定」は生まれましたが、その後の和平交渉は頓挫しましたし、ユーゴ問題では調停がうまくいかず、ついに軍事介入に至って中露の反発を受けましたし、アフリカ内戦の鎮圧、北朝鮮の核開発の抑止にも尽力したもののことごとく失敗しています。

彼が重視した財政問題についても、たしかに「財政赤字」は解消しましたが、「貿易赤字」は解決できませんでした。

こうしてクリントン大統領は「中途半端」と評価されながら2期8年の任期を終え、つぎの大統領選挙では共和党から指名を受けたジョージ・ウォーカー・ブッシュ(子)が民主党から政権を奪取することになりました。

 

著者紹介

神野正史(じんの・まさふみ)

元河合塾世界史講師/YouTube神野ちゃんねる「神野塾」主宰

学びエイド鉄人講師。ネットゼミ世界史編集顧問。ブロードバンド予備校世界史講師。1965年名古屋生まれ。立命館大学文学部西洋史学科卒。自身が運営するYouTube神野ちゃんねる「神野塾」は絶大な支持を誇る人気講座。また「歴史エヴァンジェリスト」としての顔も持ち、TV出演、講演、雑誌取材、ゲーム監修なども多彩にこなす。

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